All my dreams fulfilled

(夢はすべて叶えられた)







朝食にスープを飲み干してから、スマートフォンをひらく。5年前のヴィランとの闘いで胃を失った。以来、普通に食事をするには問題ないのだが、情けないことに固形物をいっぺんにとること自体が難しくなっていた。



私も海浜公園に行くよ。途中でぬけなくちゃならないが、前回からどれ程成長したか見せてくれるのを楽しみにしてるよ。


そう打ち込みメッセージをある少年に送った。彼の名前は緑谷出久。とある事件が起きた際、人質をとられた状態で誰も手を出すことが出来ずにいた中、彼は走り出したのだ。そこにいた私を含めたプロヒーローよりもヒーローだった。誰よりも。



ピロン!とLINEが鳴る。緑谷少年から、頑張ります!という10代らしい元気な一言とYES!と書かれたオールマイトスタンプが送られてきた。緑谷少年とのトークルームを閉じ、もう1件きていた通知に気づいた。そこに表示されていたのは電話番号で追加されていたあの人の名前。



"じゃあ、19時に時計台の前で。"



決してまた恋愛をしたいわけじゃない。彼女を縛り付けたいわけでもない。ただ、彼女と話す時間が欲しい。私のわがままに付き合わせる形になるが、それでも、今日はきっと特別な日になる。





「今日。今日だけだ。」





私は鏡に写る自身の頬をなでた。なんとカサついて肉の削ぎ落ちた頬だろう。この姿を見れば名前はどんな反応をするだろうか。
緑谷少年のように"偽物"とでも口からこぼすだろうか。
自嘲気味に笑い私は自宅をあとにした。






「オールマイト!」
「Hey!!声が大きいゾ!!」
「わわわわわ!すみません!ついいつもの癖で.......こんにちは!」



緑谷少年のは私のファンでありオールマイトに依存している、と言っても過言ではない。私は、できる限り長く彼の希望で、憧れであり続けなければならない。それは茨の道ではあるが、私にとっての生きがいのひとつでもある。



「だいぶ進んだな。見違えたように筋肉もついてきている。基礎体力はようやく追いついてきたってとこだな。」
「はい!でもまだまだです。もっと頑張ります!」
「HAHAHA!またオーバーワークしないでくれよ。」
「あ..はは、はい。」




私はスマートフォンを見やる。午後18時前。そろそろ抜けなければ。目の前の少年は次は?次は?と言わんばかりに目をキラキラさせている。しかし砂埃を被ったしシャワーも浴びたい。うん。浴びたい。




「オ、オールマイト..??なんかそわそわしてません?」
「ん?!そうかな??そんなこともないようなあるような...」



私は語尾を濁しながらスマートフォンをポッケに押し込む。緑谷少年ははてなマークを頭に浮かべながらこちらを覗き込んでいる。こ、これはあれだ。夕日に向かって走ろう!とでも提案して抜けよう。


「緑谷少年....!」
「あ、オールマイト、もし用事があるようでしたら抜けて頂いても全然問題ないですよ...?いやその問題ないというのは本当はもっと一緒にトレーニングしたいですけどオールマイトもお忙しいわけでその、、」
「あ、うん。ありがとう、お暇するよ」




大量の砂煙をたてて自宅へ戻る。シャワーを浴びてから、今日来ていくシャツを選ぶ。彼女に会う間、今からしばらくパンプアップした姿でいなくてはならない。幸い今日は1度もマッスルフォームにはなっていない。



「.....よし。」




一息ついて、約束の時計台の前へと向かった。黄金の時計台の前。一通りが少ない訳では無い。私は近くにタクシーを止めて、時間が来るまで車内で待った。オールマイトと周りにバレてしまえば今日のデートも台無しだ。しばらく待つと、ひときわ綺麗な女性がヒールをコツコツ音を立たせながら歩いてきたのが見えた。流石の美貌だ。周りが振り返っている。




「名前」
「あら、お待たせしちゃったかしら?」
「いや、今来たとこさ」
「ふふ、嘘ばっかり」
「さぁ、乗ってくれ」



彼女と歩けばまあ目立つ。タクシーに彼女を載せ、いわゆる芸能人御用達の個室がある小料理屋へと向かった。店主もスタッフも絶対に私たちへ干渉はしない。彼女は外国育ちの割に日本食が好きだったはず。そう思いここを予約したのだ。




「私が日本食が好きだったの、覚えててくれたのね」




それから何を話したのか、何を食べたのか、あまり記憶にない。2人で取り留めのない会話をし、最後まで日本食特有の優しい味に舌鼓をうち、日本酒の熱燗をあけてからタクシーへと乗った。




「...............。」
「...............。」



お互い無言のまま、タクシーへ乗り込んだ。彼女の細い指が、ゆっくり私の指へと触れた。それでも目も合わさぬまま私の自宅へと到着する。私は、言わなければならない。彼女に。今どんな身体なのかを。
タクシーを降り、マンションへ入る。エレベーターを待っている時間が何とももどかしい。私の自宅は最上階。ようやく1階へと到着したエレベーターの扉がひらいた。


「名前。私は君に話さなければならない秘密が...」
「Shhhhhhh」



彼女は長い人差し指で私の口元を塞ぎながらこう言った。




「秘密なんて、大人ならいくつもあるものよ」
「...」





彼女には昔から敵わない。だが、同時に自慢げな彼女の顔をぐちゃぐちゃにしたい。私の奥でうずいていた気持ちが溢れ始めた。




「....私も男だよ」
「そんなこと、知ってるわ、何年も前から」
「そう、だったな」




最上階につく前に、私は口元にあった彼女の指を振り払い名前の形のいい唇を奪った。それは何十年も前にはできなかったような、大人のくちづけ。
お互いの見てくれなど気にならないほど、堪能した。
扉が開き私たちはもつれながらも部屋へと入る。ベッドへ行くまでもなく、キッチンの前で愛し合った。ひさしぶりの彼女の肌は、とても柔らかかった。



「と、しのり、私...」
「何も言わなくていい」




そう、今だけは。





本能に任せ互いに何度も何度も達し、愛し合った。キッチンには私と彼女のフレグランスが上がった体温により強くたちのぼる。官能的な香りへと変化する。
髪を振り乱しながらも私の上で俊典と呼び続けながら何度も果てる名前を心の奥底から綺麗だと思った。





「俊典...」
「名前......」




2人の声がキッチンに響き、脳内を痺れさせる。私たちは、こうして溶けていった。





(こうなることは分かっていた)
(ずるい男だ)







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