Love me true

(真実の愛で)





「ねえ!トシ。今日は何の日か知ってる?」
「何の日って今日はバレンタインデーでしょ?」
「もう!そこは知らないふりしなさいよ。」


私がモジモジしながら手作りのチョコと、チョコが入ったマグカップをさしだした。



「スゴい!これ作ったの??」
「まあ、溶かして固めただけですけど」




ハート型の容器にLOVEと書かれたチョコを、トシが好きそうなブルーやレッドがストライプ状に並ぶマグカップに入れてきたのだ。もともと料理や手作りは苦手。だけどサプライズは大好き。トシがディヴと出かけていない間に急ぎ足で作成した。




「ありがとう。名前。実は私からもプレゼントがあるんだ」
「?」
「こっちにおいで」


両手を広げ促されトシの大きな胸に飛び込んだ。彼は私を横抱きに頬へキスを落とすとうしろから小さなバラのブーケを差し出した。バラのカラーはローズレッド、ダスティピンク、オフホワイト。彼はニコッと目尻を下げ、私の頭を撫でた。


「好きそうな色だとおもって。」
「....トシ...」



「「happy Valentine's Day」」




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どうしよう。
勢いで食事の約束をしてしまった。私はあの後演劇部が過去にこなした演目に目を通し、ホテルに帰宅した。物件は結局まだ決めていない。ベッドに突っ伏し、天井を眺めた。




(綺麗だなと思っただけさ)



あの人は歯の浮くようなセリフもサラッと伝えてくる。少しばかり胸がドキドキするが、私は天井のあってないような模様を数えながら深呼吸した。




(落ち着いたら正気になれるわ)



そう。彼は遠い過去に置いてきた想い人。今は地位も想いも全てが違う。色あせた記憶には新しく色を重ねて塗りつぶすしかないのだ。



(八木さんに連絡しなくちゃ)



私は八木さん宛にメッセージを作り始める。今はトシの事を考えていたら良くない気がして、八木さんとお茶した時のことを考えた。しかし、悩ましい事に八木さんはトシに似ているのだ。まるでトシに似た人を求めているみたいではないか。黄金の髪の毛、大きな喉仏。細いながらに引き締まった身体。




(なんて送ろうかしら)




私の意識はスマホを開いたまま、遠のいていった。ベッド横には自前で用意したルームフレグランスが香る。ジャスミンやピンクペッパー、サンダルウッドなどが混じり合いホテルの部屋といえど私だけの空間と化していた。




「..........ト......シ」






その日私は夢を見た。
覚えのある香りに包まれた広い部屋にポツンとたたずむ私を後からある男が抱きしめる。覚えのある香りの主は私を抱きしめる彼だと気づき、私の鼓動は高鳴る。
この香り、知ってる。



「ずっとこうしたかった」




耳元で囁かれる彼の声に私は頭がくらくらした。まるで彼から発せられる低音にモルヒネでも含まれているかのようだ。状況を把握しようと、否、他のことを考えようと辺りを見回す。
そこには広いオープンキッチン、そしてオールマイトカラーのマグカップやカラフルなお皿が並ぶ。ここは彼のリビングだろう。


「...あ」



私が辺りを見回しているのに気づき彼は私の視界に入ってきた。大きな体で覗き込んでくる彼、オールマイトことトシは笑っていなかった。



「......来いよ」




またしても低い彼の声に私の身体には電流が走った。動けずにいる私に彼の端正な顔はどんどん近づいてくる。いつの間にか彼の手により下着のホックが外され苦しかった胸が解放された。
私が息をひとつはいたとき、鼻がぶつかりくちびるまであと数センチ、といったところ。




ピピピピッ!!!




(夢か)




どうせならキスさせてから覚めなさいよ、と頭の中によぎった言葉に自身で首を振る。私はベッドに突っ伏しメイクも落とさず寝てしまっていた。




「.........あのマグカップ」



なんて鮮明な夢だったのだろう。香りまで覚えてる。そしてあのマグカップ。過去にアメリカで付き合っていた頃私がトシにプレゼントしたものだ。



(欲深いわね、まだ使っていて欲しいなんて)




時刻は朝の6時半を指している。今日は夕方からタレントの仕事なのにいつもの癖で早いアラームを設定してしまっていたらしい。空調が効いた中、私は背伸びをし身体を起こした。




「.....」




夢の余韻に浸りながら好みのシャワージェルを選び、バスルームへと向かった。何個かあるジェルの中から選んだのはイランイランのお花の香り。もう少し、もう少し目が覚めるのがおそければ、トシと私は唇を重ねていたのだろうか。人差し指で自分の唇をなぞる。彼の私を真っ直ぐに見つめるブルーアイズ。溶けてしまうのかと思った。数日後に約束したトシとのディナーに、少しばかりか期待をしてしまう自分もいる。





(1回くらい抱いてもらえば諦められるかしら)




なんて、ね。
大人になれば大人になるほど考え方が擦れていく。
私は浴槽に立ちのぼるイランイランの香りに包まれ、やましい気持ちも流してくれと言わんばかりにシャワーを浴び続けた。






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