川尻なる男として生活を始めた当初は慣れない習慣に戸惑うばかりだったが、ナマエの面を見なくとも済むようになったのは、半分僥倖で、半分悩みの種ともなった。
奴のキラークイーンへの献身ぶりを見るに私にとって都合の悪いことはおいそれと口にはしないだろうが、ただでさえ空条や東方のような連中に捜索されている手前、面倒事を避けるためにもやはり口を塞いでおきたいと考えたのは至極当然だろうか。
だから、ふと耳に入ってきた聞き覚えのある声につい視線を向けたことは、私が持ち合わせる運の良し悪しに関わらず正しい選択だった。と、今では思う。
誰しも綺麗な上っ面で汚い部分を覆い隠そうとするものだが、それはつまりどれだけ高尚な精神を持つ者だろうがきっかけさえあれば悪魔に転じうるということだ。
キラークイーンはそういう真理を如実に体現しているからこそ、美しい。
聞き分けの無い子供に説くようにどこまでも優しく穏やかで。
そんな声色に似つかわしくない狂った持論を、一切の違和感を覚えさせずに弁ずるナマエは一見するとまともだったはずだ。しかしそれは不自然なまでに柔らかな彼の物腰や雰囲気が、その異常性を隠しおおせていただけ。
はっきりと理解した。あの男は、とっくに正気を失っていたのだろう。
「おやおや、また戻ってきてしまった…これで何度目だろうね、愛しいキラークイーン?」
たったいま、誰かを殺して時を巻き戻したその男は、とてもとても嬉しそうに顔を綻ばせた。
何かと理由をつけてナマエの殺害を後回しにしてきたが、川尻の息子殺害を期に特異性を伴って獲得したバイツァ・ダストのおかげで憂慮する必要は無くなった。
この能力に目覚めた瞬間に、奴にくれてやることが最善だと確信した。
広瀬康一との接触以降、彼に「質問」してくる者は片っ端から爆殺される。
ナマエにとっては恒久的にキラークイーンに随伴することができるし、間近でキラークイーンが人間を吹き飛ばす様も見られるし、まさに至れり尽くせりというわけだ。
一度あの小僧へ仕掛けた爆弾を解除するという手間はかかったが、疑り深いガキとは違い、ナマエはキラークイーンを、ひいては私を絶対に裏切らない。
どれだけ早人が私を糾弾しようが、広瀬がナマエと私の繋がりを吹聴しようが、何者にもバイツァ・ダストを崩すことはできない。
解除するリスクを負うだけのリターンがあったということだ。
「楽しそうで何よりだよ」
「君もね、吉良吉影」
私の心穏やかな日常は、これからもきっと続いていくのだろう。
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