あのひとなに?コスプレ?
なんかイベントでもやってんじゃね
つかちっさw
あれらの言葉は全て自分に向けられているのだろうが、耳に入りこそすれ脳みそで意味を反芻するには至らない。それどころではない。
ここは何処だ。
いつも通り鯉登少尉の世話を押し付けられ、いつも通り鶴見中尉に奇声をあげる彼を宥めすかし、いつも通り面倒くさくなって、ほんの少しだけ目を閉じた。
たった数秒にも満たないその間、辺りを取り巻く空気が様変わりした。異様な程に。あり得ないくらいに。
はっとして慌てて目を開くと、全く知らない場所に一人ぽつんと立ち尽くしていたわけだ。
執務室にいたはずなのにどう見ても屋外の上、もちろん中尉も少尉も居ない。
自分で言っておいてなんだが意味が分からない。ここは何処だ。
浅草の凌雲閣や札幌の時計台なぞ比べものにならないような、それこそ天をつくような高さの建物が所狭しと立ち並び、其処此処の目を覆いたくなるほどの光を放つ電灯や看板が夜空を真っ昼間の如く照らしている。
周囲の人々が口にする言語は恐らく日本語だが、聞き慣れない単語が多く飛び交っているせいか話す内容も些か理解しきれない。
「ここは、何処だ…」
俺は、馬鹿みたいに突っ立ったままぽつりと呟いた。
雑踏を行く人々が、店先からひとりでにがなる客寄せの声が、突如建物の外観に浮かび上がった巨大な女が。
そんな独り言すらかき消していく。
学校ダル〜まじうぜーわ
大還元セール開催中!
続いて明日の天気をお伝えします…
見慣れぬ街並み、見慣れぬ服装、見慣れぬ道具、見慣れぬ見慣れぬ見慣れぬ見慣れぬ………
生まれてこの方見たことも、触れたこともないものばかりが視界に飛び込んできて眩暈がした。
もしや、違う世界なのだろうか。俺の知っている日本ではないかもしれない。
話す言語が日本語ということは分かっても、話している内容がさっぱり分からない。気持ちが悪い。
すべてが眩しくて、うるさい。
道ゆく大量の人のうち誰かに聞いてみるかと思い立つも、ひとり喋りながら急ぎ足で通り過ぎる男、手元の板のような何かに夢中になる女、そんな連中ばかりで。
もとより背の低い俺にわざわざ目を向ける者もおらずあっという間に人の波に流され、必死の思いで狭い路地に逃げ込んだのであった。
「な、なんなんだ、これは…悪夢か…?」
しきりに鈍痛を放つ頭を抱え、じりじりと暗い方へ暗い方へと後退りする。
どん、と何かにぶつかった。
「あ、すみません」
やはり見慣れぬ服を纏った青年だった。ひょろながいゴボウのような奴だな、と思った。六尺ばかりか。
いやそれよりも、俺の目は青年の持つ物体に釘付けだった。手にしたそれは、まさか。
弁当。
見間違えようはずがない、輝かしい白米に控えめに散らされた胡麻、真ん中には赤々とした梅干し。
久方ぶりに見知った同窓に出会ったような、なんとも懐かしく嬉しい気分になった。
それに、こんな状況でも飯を寄越せと唸る腹に辟易していたところだ。
「それ、一つくれないか」
「…………。」
途端に青年は顔を顰めた。心底鬱陶しそうな、面倒臭そうな。
見るからに軍人であるからしてもっと言葉を選ぶべきだったかとか、もしやすると店じまいしていたのかもしれないとか考える暇もなく。
青年は返事もなしに手にした弁当を無造作に袋へ放り込むと腰を上げた。
「…な、何をするつもりだ?」
「廃棄処分」
言うが早いか大量の弁当が詰まった袋に水をぶちまけた挙句、手早く袋を縛るとゴミ箱に放り込み鍵をかけてしまった。
「あんたみたいなおっさん、たまに来るんだよね。メーワクだから」
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