「…食べ物を、粗末に、するな」

みしりみしりと骨が悲鳴をあげる音が聞こえる。弱々しく抗う青年の目に涙が滲んでいる。
が、腕を緩める気には一切なれなかった。
このまま締め上げれば彼は死んでしまうだろう。それでも、それでも。
一欠片でもいいから握り飯を食いたいと言い遺した同胞の、骨の浮いた顔が脳裏によぎる。
瞬間頭の中に火花がとんで、俺は一層腕の力を強めた。

「おいナマエ、サボってんのかー?」
「!」

ぱっ。と、反射的に手を放す。

「カハッ…ケホ、ゲホッ!」

路地の先の明るい方から聞こえる声は青年の知り合いだろうか。こっちに来られたら不味い、気がする。非常に。ここで返事をさせないのも不審に思われるだろう。しかし。
焦る俺の内心を知ってか知らずか、ややあって青年は咳き込みながら返事をした。

「…いや、サボってねーから…けほっ」
「店長が廃棄終わったらあがれってさー。お疲れー」
「あー…りょーかい…」

庇われた。

「何故…」
「…げほッ、さあ、よくわかんねーけど…」

今俺は、さぞや情けない面をしてるんだろう。
肩で息を整える青年はどう見積もっても20代前半だ。
いっときの激情のために年若い者をあわや殺しかけ、あまつさえ助け舟を出されるなど。
誰にどう誹られようとも致し方ない。

「すま、ない。すまなかった…」
「もういいから」

呆れたように俺を一瞥してからよろりと立ち上がると、明るい賑やかな方へ去っていく。
あとには薄暗い路地に立ちすくむ惨めな俺だけが残された。


かと思うと、青年は何かを片手にずんずんと戻ってきた。

「ん」

胸元に押し付けられた物体は…弁当。
確かに弁当だ。しかも温かい。それは分かる。だが、どうして。

「は」

理解が追いつかなかったから、随分気の抜けた声が漏れた。

「あったかい方がうまいじゃん」

未だ赤い跡の残る喉元をさすりながら、ぶっきらぼうに青年は言った。



「ただいま、今日のメシなに?」
「シュクメルリというのを作ってみた。米にあうらしいぞ」
「はあ?なにそれ?」

インターネット、とやらは大変便利だ。二言三言検索するだけで国内外の様々な情報を瞬時に叩き出すなんて。
少尉のように喚き散らかさない上にこんなにも優秀なのだから、まったく文明の発達というものは恐ろしい。
あらかたパソコンの使い方は覚えたので、次はスマートフォンに挑戦する予定だ。

「…む、トイレットペーパーが安い。おひとり様一個までか…」
「ねー、俺の財布知らない?」
「クッションの下か玄関だろ」
「……あった!」

乱雑に投げ出されたクッションの下から財布を引っ張り出す男の名はナマエといい、都内の大学に通う学生だ。
コンビニバイトと親からの仕送りでひとり暮らすごく普通の若者だが、いかんせん生活も金回りもだらしがない。俺がしっかりしなくては。

「ナマエ、起きろ!学校の時間だぞ。今日は一限からだろう」
「自主休講〜…」
「ふざけろ、起きんか馬鹿者!」
「…鬼軍曹……」

容赦なく布団をひっぺがすと決まってこの文句が飛んでくる。
ついでに長い足も。躱すのは容易だが、布団さえ剥げば渋々起きてくるので好きにさせている。

銃剣も軍帽も必要無い令和の時代においても、俺は相変わらず他人の世話を焼いていた。



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