ぎょろっ、と右目が俺を向いた。怒っているようには見えないし、なんなら少しだけ笑っているかもしれない。

「あ?あほだのハゲだの、えらい言いようやないか。それがおどれの本心か」

「…だったらなんなんです?また殴るんですか?勝手にすればいいじゃないですか」

最早取り繕う気力もないので、俺は不貞腐れることにした。

「あほくさ…いい歳した男がなにブーたれてんねん、キショイで」

「あんたの、ほうが、きもい」

ありったけの怨念をこめて言ってやる。
俺の睨みつける眼差しなんてどこ吹く風で、真島はけたけた笑った。

「はぁー…やっぱ人間正直がいちばんや。なっ、名前ちゃん!」

「気安く名前呼ばないでください」

「…お前いきなりえぐいなぁ」

こっちは必死だというのになんだかどこまでもコケにされて、一生敵うことはないんだろうなあ。

今思い返してみても、最初から最後まで理不尽で一方的で暴力的で、腸煮えくりかえる思いだけど。

ただ、こいつにを自分の内心を吐き出せたことで、心なしかすっきりしている俺が確かにいる。

ていうかそれくらいの意義を見出さないと、腕だけじゃなく心まで折れてしまいそうだ。



あれから真島は姿を現さなくなった。

ゴミ箱から出てくることも、ひっきりなしに携帯が鳴ることも、ない。

俺は神室町になんかもう二度と絶対に行かないから、あの町で再び鉢合わせることもないだろう。
俺は今まで通りの、ごく平凡でなんの変哲もない日常に戻った。

今日は会社が休みである。
図書館に本を返しに行って、小洒落た喫茶店でお茶をして、近所の遊歩道をぐるりと散歩して。
日が沈む頃になると、スーパーで夕食の材料を買ってから帰路につく。

買い忘れたものもないので、すっかり暗くなった夕闇の中をとぼとぼと歩いていた。

飯を食ったら風呂入って、布団の中で小説読んで…明日も休みだから、少しくらい夜更かししたっていいだろう。

ふと首すじに、冷たい感触の何かが触れた。

「?」

頼りない街灯の明かりに映し出されたそれが、鋭利な刃物の切っ先であると気づいた瞬間頭の中が真っ白になる。



「闇討ち注意やでぇ、名前ちゃあん?」





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