SATSUKI



四天宝寺の男子テニス部は西の雄とも言われる全国大会常連校だ。
そんな四天宝寺に通う私はテニスLOVEなテニス馬鹿。
だが何を隠そう天性の運動音痴で、選手としては到底やっていけない可哀想な女の子でもある。
なんたる不条理。

だがしかし、テニス部に所属していない私だからこそ、みっちり張り付いてテニス観戦ができるというメリットに気づいてからは人生バラ色。
今日も今日とてテニス三昧!


「あっつ〜」

ジリジリと焼け付くような太陽の下、パコーン、パコーンとラリーの音が聞こえる。

さて、今年もやってきました夏の全国大会!
もちろん我らが四天宝寺中学校男子テニス部の応援のため……。
というのは半分建前で。
全国区の色んなテニスが観れると思うと気持ちが浮つくのは仕方がないことだと思う。

「おー!皐月!やっぱり来たんやな」

声をかけて来たのは強豪四天宝寺テニス部で2年生ながら部長になった白石蔵之介。
私のクラスメイトでもあるイケメン様だ。

「もちろん!頑張ってねー!めっちゃ応援してる!!」
「おん!おおきに!俺らの試合までまだ時間あるけど、皐月は他校の試合観るんやろ?」
「うん!四天の試合にはちゃんと間に合わせるから!」

じゃ!と片手を上げてさっさと目当てのコートへと向かう。

「あいつホンマにテニス馬鹿やな〜!かわええやっちゃ」


やっぱり全国大会ともなると、どの選手もすごい!
白石の完璧なテニスも良いけれど、ボールが増えて見えたり、逆に消えてしまったり、相手を吹き飛ばすような強烈なショットだったり、観ていてすごく興奮する。
ワクワクしながら色んな試合を観てまわった。

「そろそろウチの試合が始まる頃かな…。えーっと、四天宝寺は第○コートだから……」

うろうろと好奇心のままに動き回って現在地がわからなくなったため、案内板を目指す。

「あれ〜?キミ迷子?俺たちが案内してあげようか?」

高校生だろうか。
いや、今時の中学生は大人っぽいから中学生かもしれない。
この大会、中学のだし。
私は、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた柄の悪い連中に絡まれてしまった。

「ってゆーか可愛いね。どこから来たの?」
「テニスなんかより俺らと遊びに行こーぜ」

男たちに塞がれて案内板が見えない。
「なんかとは何だ」と言ってやりたいところだが、グッと堪える。
テニスを馬鹿にする人について行く気は無いと断ったところで、すんなりとは解放してくれなさそうな雰囲気だ。
このままじゃ四天宝寺の試合に間に合わなくなってしまう。

「すみません、そこどいてくれませんか?早くしないと試合始まっちゃうんで」

正直めちゃくちゃ怖いけど、勇気を出してできる限り毅然と言ってみたが、

「へぇ、意外と気が強いんだ。か〜わいっ!」
「ね、いいじゃん。楽しませてあげるからさ」

さらに詰め寄って腕まで掴んでくる始末。
どうしようどうしようどうしよう!
焦りと恐怖からパニックに陥りかけたその時、

「サツキ!」

知らない声が、私を呼んだ。

「……え?」
「こぎゃんとこにおったと?探したばい」

振り返るとこちらに歩いてくるとても背の高いイケメン。
ウェーブのかかった茶髪に片耳ピアス、日に焼けた肌、水色に縦縞のユニフォーム。
そしてあの訛り。
あの人確か九州二翼の…!

「千歳君…!?」
「な、何だよツレがいたのかよ」

柄の悪い男たちは、見上げるような長身の千歳君にあからさまにビビっている。

「ぬしどみゃ、俺んサツキに何ばしよっとや?」

千歳の一睨みで、モゴモゴ何か言いながら奴らは去っていった。
千歳君、確かに見た目大きくて怖いもんね。
けど助けてくれたし、きっと優しい人だと思う。
とにかくお礼しないと!

「えっと…獅子楽中の千歳君、だよね?」

そう尋ねると彼は少し驚いて、

「俺んこっ知っとっと?」
「うん、有名だもん。それにさっきの試合も観てたよ。すっごくかっこよかった…!」

って、私は何を言っているんだ……!!
つい先程の試合を思い出してテンションが上がってしまった。
恥ずかしい!
けど、無我の境地とか本当にすごかったな。
熱くなってきた頬を押さえつつ見上げてみると、同じくほんのり頬を染めた千歳君がいた。

「ほんなこつ?はは…嬉しか〜」

そう言ってふにゃりと微笑んだ。
わ、この人……意外とかわいい!

「あ!えと、助けてくれてありがとう!すごく怖かったから、本当に助かった」
「よかよか。間に合って良かったばい。」

そう言ってポンポンと頭を撫でられる。
キュン死ってこういう事か……!と思ってしまうくらい、ときめいた。
そういえばさっき“俺の皐月”って言ったよね?
先程のシーンを思い出して、更にときめいた。

「気になったんだけど、さっき私の名前呼んでたよね?」

彼は全国区の有名選手だから、私が千歳君のことを知っているのはおかしくないけど、選手でもない私を彼が知っているはずはない。
何で知っていたんだろう?

「あ〜、あるはパッと思い浮かんだ名前を呼んだだけったい……」

少し恥ずかしそうに頬を掻く姿に、ピンときた。

「あ、もしかしてトトロ?昨日テレビでやってたもんね!それでサツキかぁ!びっくりした〜」

やっぱり恥ずかしそうにしている千歳君は、見た目に反して本当に可愛い人である。

「あのね……、私、四天宝寺中2年の皐月名前」
「ばっ!?本当にサツキね!すごか〜!」
「ふふっ、こんな偶然あるんだね!」

すっかり打ち解けて、笑い合う。
怖さなんてもう微塵もない。
もしかしたら既に試合が始まってるかもしれないけれど、なぜだろう、もっとこの人と話したいと思ってしまう。

「あの、千歳君。何かお礼させてほしいんだけど!って言っても手持ちあんまりないから、ジュースくらいしか……」
「そぎゃんこつ気にせんでよかよ。おっが勝手にしたことやけん」
「でも……」

本当は、もう少し一緒にいる口実が欲しいだけだ。

「あ、そっなら、連絡先ば教えてはいよ」
「え…?」
「そろそろ戻らんば怒られったい。ばってん、もっと名前と話したかけんね……ダメ?」
「ううん!私も!……私ももっと話したいって思ってたから、その、よろこんで…」

思わず勢いよく返事をしたため、千歳君も驚いている。
ちょっと食いつきすぎたかな?
あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしてる自覚がある。

「むぞらしかね〜」

そう笑って頭を撫でる大きな手に胸を高鳴らせながら、私は震える手で携帯を取り出した。


(むぞらしか?何か分かんないけど恥ずかしい)
(なんねこん可愛か生き物!小動物んごたっ!)
**********
実際は“むぞらしか”って方言、あんまり使わなさそうなイメージだけど、千歳ならあえて使いそう。




Back