Muscle!Muscle!



これは千歳が入部してまだ間もない頃の話である。

本日の部活も滞りなく終わり、それぞれ着替えている時、

「千歳ってええ身体しとるよな」

千歳の身体を眺めながら白石が言った。

「なんね?いきなり」

千歳は胡乱げに返事をする。
白石の言葉を説明するように、謙也が続けた。

「確かに…苗字が好きそうな身体しとるわ」
「苗字って、あのマネージャーの?」

千歳は彼女の姿を思い浮かべる。
華奢で真面目そうな、いたって普通の女の子だ。

「おん。気ぃつけや〜!あいつあんな形(なり)して変態やねんで!羊の皮かぶった狼や!」

まだ苗字との関わりが少ない千歳には、さっぱり分からず首をかしげるしかない。
これが漫画やアニメなら、千歳の頭の上にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。

「そう、あれは去年のことやった…」


いつも通り部室で着替えてたんや…
その時苗字も部室で作業しとってな、あからさまに目ぇ逸らしてん。
せやからちょっと揶揄ってやろ思て、

「苗字はホンマに初心やなぁ!いつまで恥ずかしがっとんねん!」

って皆んなで笑うてたんや。
そしたらあいつ……なんて言うたと思う?

「いや、そんなんじゃなくて。見てたら触りたくなるじゃん?」

一同ポッカーンやで、ポッカーン!!

「ほら、みんないい身体してるしさ、背中からこう……ぎゅーって抱きつきたくなるんだよね」

コレはボケなんやろか?乗ったほうがええんやろか?
俺も動揺してたんやろな、

「お、おー、そんなんいつでもウェルカムやで!なぁ謙也!」
「えっ!!お!おん!減るもんやないしな〜!!!ははは」


「これが間違いやった。それ以来隙をみては着替え中に抱きついてくるようになってな……みんな一通りやられてんで」

はぁ……と深い溜息で、白石は回想を締めくくった。

「それにしても、初めて抱きつかれた時の謙也さんは傑作でしたわー」

苗字に抱き着かれ、顔を真っ赤にして騒ぐ謙也を思い出し盛り上がっていたところ、

ーーガチャリ

噂の人物が部室へ入ってきた。

「ちょっとなんでいきなり静かになるの、イジメ?」

怪訝な顔をする苗字に、すかさず謙也が話しかける。

「変態マネージャーに気ぃつけや〜って千歳に忠告しよったとこやで!」
「千歳は苗字が好きそうなマッチョやからな〜!ホレ見てみぃ!」

そう言われ視線を動かした苗字の目に、着替え途中で半裸の千歳が映った。
浅黒く滑らかそうな肌に、がっしりとした肩、程よく鍛えられた胸筋に、割れた腹筋、無駄な脂肪なく引き締まった腰……。

ーードサッ

いつも通り嬉々として飛びつくかと思いきや、苗字は持っていた荷物を取り落とし、その場に崩折れた。

「え!?苗字!?」
「苗字ちゃん!?」
「調子悪いんか!?」

予想外の反応に騒然とする部室内。
既に着替え終わっていた財前が近づいて声をかけるが、苗字の声が小さくて返事が聞き取れない。

「なんや、理想的な身体すぎて直視できひんらしいっすわ」
「……」

一同ドン引きである。
静まり返ってしまった部室内。
そこで流石のオモシロ探索委員。

「これ、逆に千歳が抱きついたら、どうなるんやろな」

ボソッと呟いたユウジの言葉で、マネージャー以外の視線が千歳に突き刺さった。
変態と言われる人に自ら近づきたくはないが、こんなに期待されては断りにくい。

「しょんなかね〜」

ひとつ溜息をついた千歳は、おもむろに苗字の前にしゃがみ込んで彼女を抱きしめた。

「っ〜〜〜!!!!」

今までの変態の姿は見る影もなく、顔を真っ赤に染め身を硬くする彼女。

(うぅっ、天国…!もぅ死んでもいい……)

思考回路は相変わらずの変態だ。

「ははっ、むぞらしか〜」

話に聞いていた変態ではなく、普通に可愛らしい反応に気を良くした千歳は、頭を撫でたり頬ずりしたりと中々楽しそうである。

「わはははは!めっちゃ照れとるやないか苗字〜!いつもみたいに触ってもええんやで〜!」

1番被害にあってきた謙也はここぞとばかりに笑い、

「あら!かわええ反応もできるやないの〜」
「小春が1番かわええで〜!」

他のメンバーもやんやと揶揄い盛り上げる。

「苗字先輩耳まで真っ赤になってますよ」
「ほんまや、苗字タコさんみたいやな!あ〜ワイたこ焼き食べたなってきた!」
「お、ええな!ほな帰りに寄って行こか〜」
「ん?誰や今の」
「小石川や!!!」

彼女の珍しい反応をみて満足した部員たちは、いつも通り賑やかに帰路につきだした。

「ほな苗字、鍵は任せたで!ほどほどにな〜」

最後の白石も、ニヤニヤ笑いながら鍵を置いて帰ってしまった。


バタンと扉が閉まり、あっという間に2人っきりになった。
先程までの騒がしさが嘘のように、しんと静まりかえる部室。
自分自身の通常よりも随分速い鼓動が聞こえ、より一層緊張する彼女の耳元で、

「苗字……もっと触ってもよかよ?」

そっと千歳が呟いた。
いつもよりも低く吐息を含んだ声に、居たたまれなくなった苗字は、

「……っ!ち、千歳君!あのっ、そろそろ離れてほしい……です」

震え混じりに懇願した。

「え〜」

揶揄いがいのある反応に、クックッと笑いながら千歳は少し腕を緩める。

「お願い千歳君。もう、恥ずかしすぎて死にそう……」

モゾモゾと何とか離れ顔を上げた苗字。
潤んだ瞳に下がった眉、上気した頬に心なしか上がった息、柔らかそうな、赤い唇……。
その顔を見た千歳は心臓をギュッと掴まれた心地がし、突如湧き起こった衝動のまま、彼女の唇に喰らい付いた。

押し付けて、食んで、舌を這わせて、吸い付いて……。
チュッとリップ音をたて離れた千歳は、息継ぎの為に開けられた隙間から舌を差し入れようとして、

「っは!……苗字がたいぎゃ可愛か顔すっけん、つい……!すまんね」

同意もなく勝手に口づけていた事を思い出した。
しかし、少し味わったらもっと欲しくなるもので、千歳は苗字の頬を撫でながら今しがた謝ったその口で、許容オーバーで固まる彼女にさらなる追い討ちをかけた。

「ばってん……もうちっとしてもよか?」
「っ〜!もう……千歳君!は、早く服着て……!」

あまりの恥ずかしさに限界を超えた彼女は、千歳を遠慮なく叩き始めた。

「わっはっは!痛か〜!!」
「もう!私出てるから!早く着替える!!」

そう言い放って苗字は部室の外に出ていった。

「はぁ〜、むぞか〜!楽しみの増えたばい」

彼女の仕事が終わるまで待って、一緒に帰ろう。
そうしてまた揶揄ってやろうと、千歳は更に笑みを深めるのであった。


その後苗字の変態行為はなくなり、しばしば校内で千歳に揶揄われる彼女の姿が見られるようになったとか…。


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なんだこれは……。
師範と健ちゃんには申し訳なくてあまりセクハラしてなくて、後輩コンビとラブルスは筋肉的に物足りなくて、白石からは危険な香りがするから、反応も良い謙也君が1番の被害者。



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