後輩の財前くん



私は今、四天宝寺男子テニス部の合宿に来ている。
女子はマネージャーである私1人だけだから、必然的に1人部屋。
レギュラー陣は大部屋だから、ご飯もお風呂も終わった今頃はきっと騒いでいるだろう。
ちょっと寂しいけれど、あの中に混ざるのはハッキリ言って無理。
部屋でおとなしく読書していよう。
そんなことを思いながら、最近お気に入りの本を読んでいると、

ーコンコン

誰かが訪ねてきた。
私はドアスコープを覗いて迷わず扉を開けた。

「どうしたの?」
「あの人らうるさ過ぎっすわ」

四天宝寺テニス部ツンデレ代表、財前が避難してきた。
どうやら大部屋では、中学生らしくUNOで盛り上がり、バツゲームからの枕投げで騒がしいらしい。
予想以上に騒いでるみたいだ。

「匿ったってください。お願いします」

普段はツン全開の財前。
特に謙也に対しては辛辣すぎるきらいがあるけれど、私の前では結構素直で可愛い後輩。
特に断る理由もなく、部屋に招き入れた。

「へぇ〜、1人部屋はベッドなんや」

財前は窓のそばに置いてある椅子に座って、いつも通りスマホをいじりだした。
いつものブログ更新かな?
私はベッドに腰掛けて、読んでいた本の続き。

部屋の中は、スマホのタップ音と、私が本をめくる音だけ。
財前は元々口数が多い方ではないから、2人でいる時は静かなことが多い。
けれど私は落ち着きのある空間が好きなので、この沈黙も全然苦にならない。
謙也だったら必死で話題を探しそうだよね。
もちろんそういう賑やかさも嫌いじゃないけど。


キリのいいところまで読んで、ふと顔を上げたら財前と目があった。
いつから見てたんだろう?

「名前先輩、何読んではるんですか?」

本が気になるのか、財前はこちらに近づいてきた。

「あぁ、これ?レシピ本かと思って借りたんだけど、なんかフランスの旅行記みたい。旅行に行ってる気分になれて面白いよ。」
「ほ〜、旅行記……」
「食文化がメインで家庭料理のレシピも載ってるから参考にもなるし」
「え、先輩料理するん?意外や」

そう言いながら財前は私の隣に座った。
彼の重みでベッドが沈む。

「むっ失礼な!これでも結構料理好きなんだよ」

言いながら、私は彼の方に傾きかけた体勢を立て直した。
私の料理好き発言を聞いた財前は、お得意の意地悪そうな顔で私を覗き込んで質問を続ける。

「ふ〜ん、じゃあ得意料理は?」
「……って聞かれると困るんだよね。いつも家にある物で適当に作ったり、外で食べた料理の真似したりだから」
「へぇ〜」

ニヤニヤと聞こえてきそうだ。

「ちょ、やめてよその疑いの眼差し!」
「せやったら今度俺に何か作ってください」
「え……」
「自信ないんすか?それじゃあ認められへんな」

今度はあからさまに馬鹿にした顔。
オマケに鼻で笑われた。

「いやだって、家族にしか出したことないから、恥ずかしいというかなんと言うか……」
「なんや、そんなことなら名前先輩の初めては俺が全部もらう予定なんで、丁度ええっすわ」

そう言って、唇の端を持ち上げた。
わ、笑ったー!!!
意地悪そうでも、馬鹿にしたのでもない財前の微笑みにキュンキュンしてしまったが、今この人、何かトンデモナイ事を言った気がする。

「ん……?今なんて言った?」
「丁度ええっすわ」
「いやいや、その前!」
「名前先輩の初めては俺が全部もらう予定なんで」

どう言う意味でしょうか。
衝撃的過ぎて頭が回らない。

「ざ、財前、それってさ……」
「そ〜ゆ〜意味っすわ」

も、もしかして意外とタラシなの?
いやいやいや、まさか財前に限ってそんなこと、

「因みに、俺がこういうこと言うんは名前先輩だけなんで」

デレたー!!!とか思ってられない。
信じられないけど、これは自惚れなんかじゃないよね?

「それにしても先輩、危機感が足りんのとちゃいますか?」
「え?」

突然何を言いだすんだろう。

「こんな時間にそないな格好で……」

いたって普通の半袖Tシャツにハーフパンツなんだけど……。
そう言いながら財前は腕を掴んできた。
あぁ……。
半袖シャツ1枚は良くなかったかも。
直接肌に触れられると何だか緊張する。

「密室で男と2人きりになるとか、ホンマありえへん」

腕は掴んだまま、今度は逆の手で私の髪に触れる。
そういえば、まだ髪湿ったままだったような……。
そのままじっと見つめられる。
逸らしたくても逸らせない、熱い視線。

「名前先輩にとってはただの後輩かもしれんけど、俺やって男や」

髪を撫でていた手がそっと頬に移動する。
ドキドキと心臓がうるさい。
財前の顔がだんだん近づいてくる。

「もっと意識してや」

今にも触れそうな距離で囁かれ、堪らず目を閉じた瞬間。
可愛らしいリップ音と共に、頬に柔らかいものが触れた。

「え?」
「……期待したん?」

ニヤリ、いつもの財前だ。

「なっ、違っ……!」
「今日はこのくらいで勘弁したりますわ」

そう言いながらさっさとドアに向かう財前の背中を、目で追った。

「じゃ、先輩の手料理楽しみにしとりますんで、忘れんといてや」

ひらりと手を振って、あっさりその姿はドアの向こうに消えた。
急展開に頭がついていかない私は、しばらく閉まったドアを見続けていた。

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財前くんは、あざとかわいい。
これは財前くん視点もいいかも。




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