さんぽ日和



「きりーつ、礼!」
「さようなら〜」
「よっしゃー!部活行くで!」
「ほな明日なー!」

1日の授業が終わっても、四天宝寺生はみんな元気いっぱいだ。
開け放たれた廊下の窓から見上げる空はカラリと晴れ渡り、いい風が吹いている。

「絶好のテニス日和だね」

外へ出てテニス部の門をくぐりーー四天宝寺と言うだけあって、本当にお寺のような門だーー、部室へ足を進めた。
相も変わらず、扉を開ける前から騒がしい。

「お疲れ〜」

言いながら扉をあけて中を覗くと、新ネタを披露していたのか、ユウジと小春を中心に大変盛り上がっていたが……1人足りない。
ぽやんとしていて口数は多くないが、190センチを超える長身に、着崩した……と言うより、まともに着る気のない制服から覗く民族調のシャツ、挙句に履いているのは片方6キロもある鉄下駄という出で立ちの彼は、どこにいてもよく目立つ。
そして彼が部活に来てないということは……

「お、苗字。来て早々に悪いんやけど、千歳探してきてくれへん?」

やっぱりね。
申し訳なさそうに眉を下げた白石部長からの捜索願いだ。

「ん、了解!今日は散歩日和だから、そんな気がしてたよ」
「いつもすまんな〜」

部室に荷物だけ置いて、早速千歳君を探しに裏山へ。
先ほども思ったが、今日は本当にいい風が吹いている。
彼は葉のそよぐ音が好きだから、間違いなく今日は裏山にいるだろう。

こうしてどこに行ったか分からない千歳君を探すのは、いつも男子テニス部のマネージャーである私の仕事だ。
始めは正直面倒だと思っていた。
自由気ままな彼は、屋上や裏庭、空き教室、校庭に植わった木の根元などあらゆる場所に出没し、大抵の場合連絡もつかない。
最悪の場合学校を出て、ぶらり電車の旅だ。
この間、校内どころか近くの公園まで散々探回って、やっと部室裏で見つけた時は本気でどついてやろうかと思った。

けど最近は、千歳君と話せるこの時間が結構好きだったりする……。

マイナスイオンでも発しているのか、彼といるとこちらまで穏やかな気分になる。
高すぎず低すぎない優しいテノールで話すのは、耳慣れない熊本弁。
大きくて強そうなのにジブリが好きだったり、のんびりしているのに実は策士だったり。
格好良いのに、すっごくかわいい。
そんな千歳君に私はあっという間に恋をした。

裏山を登って行くと、少しひらけた場所に出る。
見つけた。
千歳君はやっぱり寝てる。
彼の隣にしゃがみ込んで声をかける。

「千歳君」

少し身じろぎをした。

「千歳くーん」

今度は軽く肩も揺すってみる。

「ん〜……、名前?」
「ほら、起きて。部活始まっちゃうよ」

そう言って、千歳君の腕を引っ張り起こした。
とは言っても私の力では無理なので、千歳君が自ら起き上がったということになる。
今日はすんなり来てくれそうだ。

「あ」

「ん〜?」

千歳君の肩に、蜘蛛がいる。
彼は蜘蛛が大の苦手である。
私の視線の先を追った千歳君の目が、肩先の蜘蛛を捉えた。

「ばっ!?取って!名前!とっ!くもっ!!くもだけはっ!」

半泣きで騒ぎ出す千歳君。

「分かったからじっとして!私だって虫ダメなんだから!!」

同じくギャーギャー騒ぎながらも、落ちていた小枝を使って何とか遠くに放り投げた。

「もう大丈夫だよ千歳君」
「っ名前、むしゃんよか〜!」

キラキラと潤んだ目で見つめられてちょっと照れる。
けど、虫は本当に勘弁してほしい。

「こんなとこで寝てるからだよ!ほら、頭にも葉っぱいっぱいついてる」

屈んで肩に手を起き、彼の髪に絡まった葉っぱを取ってあげる。
剛毛かと思いきや、彼のくせ毛は意外とサラサラだ。

「よし、全部取れたよ」

バッチリ目が合った。
わ、顔近い……。
ふっと微笑んだ千歳がさらに近づいて……。

「あんがと、名前」

立ち上がってゆったりと歩いていく千歳君。

「早よせんば白石におごられるけん、行くばい」

そう言って差し出す彼の手をそっと握った。
さっき唇の端に触れたのは……。
頬っぺた、熱い……。
どんな顔してコートに戻ればいいんだろう。


(ただの気まぐれ?それとも…)
**********
罪な男である




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