TOP > 更新履歴 > 記事

司と手土産の和菓子
2024/02/20 20:17

 紫陽花の上生菓子。

丸めた白あんに紫色に染めた錦玉羹を細かく散りばめたそれは、この時期ならではの旬の甘味である。司はそれをメインに、あとはちらほらと小さな和菓子を詰め合わせたものを抱えて婚約者の家を訪ねる道すがらであった。

 車の中は空調のお陰ですっかり涼しいものの、梅雨特有の湿気は如何し難い。涼しく吹き抜ける細い風の隙間、じっとりと重たい空気が身体中にまとわりつく感覚は気分さえも重たい方へ引っぱっていきそうではあるが、司の機嫌は上々だった。それはひとえに、久しぶりに婚約者に会える時間を取り付けられたからである。互いに忙しい分なかなか逢瀬の時間が作れないから、こうして会えるのは司にとっては至福の時間であった。
 
 婚約者とは家同士が決めた間柄ではあるものの、司は彼女の事を大層気に入っていた。彼女の方が年上ではあるが、いつだって「司さん」と呼ぶ声は自分を対等に見てくれている気概を感じたし、時折食べたことのない、興味のある食べ物を食べたいとねだると二つ返事で作ってくれる。だからそのお礼ではないが彼女の家を訪ねる時にはいつも手土産を持っていく。

 いつもは一人暮らしである彼女の状況を鑑みたものを買っていくが、今日は二人で食べたいものを買ってきた。
 家に着いて車を降りてから彼女のスマホに1.2度コールをすると、彼女は鍵を開けておいてくれるので中に入ると、彼女は手をひらひら振りながら笑ってくれた。

「久しぶり司さん。いらっしゃい」
「お久しぶりです。お邪魔します」
 
 手洗いをしてからリビングへと行けば、彼女はいつも座っている位置でスマホをいじっていた。司が来たのに気がついて、それをテーブルに置く。

「今日は蒸し暑いねぇ」
「はい。雨が降ったり止んだりですね」

 ちょっと待ってて。と言うなり立ち上がった彼女が冷たいお茶を淹れて持ってきてくれた。氷がグラスの中でユラユラとしながら、徐々に溶け始めているのがなんとなくわかる。

「司さんはお仕事、雨で延期になったりしてない?」
「そうですね。最近は室内での撮影やrecordingが多いですから、今の所順調です」
「そう。よかったよかった」

 いただきます。と断ってから、彼女が用意してくれたお茶を飲んだ。冷たい緑茶がスッと火照った身体の内側を冷ましてくれるのが心地よい。

「そのお茶美味しいでしょ?司さん来るからって奮発しちゃった」

 氷出し緑茶なんだよ。とニコニコしながら彼女が言った。

「つ、司の為に淹れてくれたのですか?」
「そうそう。初めてやったんだけど美味しいよね〜」

 返答はややアッサリしているものの、それだけ彼女が自分の来訪を楽しみにしていてくれたのかと思うと、司は涼んだ身体が再び温かくなるのを感じた。そこでようやく、自分が持ってきた包みを思い出す。

「そうでした。今日はこちらを持ってきたので、よければ今食べませんか?」

 そっと彼女の元に紫色の掛け紙が掛かった箱を取り出すと、彼女の瞳が輝いた。

「わざわざありがとう。なに?お菓子?」
「開けてみてください」

 わーい、と少し子どもじみたリアクションをしながら彼女が箱を開ける。そして感嘆のため息を吐くのを見て、司は内心でガッツポーズをする。
 こはくん!こはくんのオススメしてくれた和菓子で正解でした……!!

「きれ〜い!紫陽花だねこれ!わぁ、美味しそうだけどきれい!すごい!」

今回一番注目して欲しかった紫陽花の上生菓子は、寮内サークルの「スイーツ会」でこはくが持ってきたものだった。季節を考えた風流なものを選ぶのは非常に彼らしく、味も絶品だったので司はこっそりとこはくに店の詳細をうかがっていたのである。

「ほぉ、姉はんへの手土産か。ええんちゃう?女の子はこういうかわえぇの好きそうやしな」

 サラッと言い当てられて思わず動揺してしまったのは彼の兄役として恥ずかしいものだったが、彼からしたら本家の妻になる予定の彼女はつまり姉にも等しい存在なので、ほぼ親類も同じだ。だからこはくがその話題を持ち出し背中を押してくれるのもおかしな話ではない。と思い込むことにして、司は動揺を悟られたことを恥じることをやめた。結果的に彼女はとても嬉しそうなので大成功なのである。

「和菓子って細工が細かくて本当に綺麗だよねぇ。ケーキとかも大好きだけど、上生菓子のモチーフの花が旬の時しかその形のものを出さない感じ、雅な感じで好きだなぁ」

 食べるの勿体ないね。と笑う彼女は年上なのにどこかかわいい笑顔を向けてくれる。透明感のある紫色が涼しげに司を見つめている気がして、司は上の空で頷きながら一人拳を握った。
 今だ。と、自分の中で今日決めてきた、もとい覚悟してきたおねだり文句を口の中に準備して、それを転がすように吐き出してみた。

「ひ、一口ください」
「ん?」

 所詮『あーん』である。司は心臓を早鐘のように打たせながら、彼女に向けて口を開けてみた。たまにしか会えない中彼女に少しだけ、そう、ほんの少しだけ甘えたくて司が必死になって考えた策がこれである。彼女に嫌な顔をされたら、拒否をされたら。そんなことを凄まじいスピードで考えたけれど、その時点で気がつけば自身の口の中には白あんに特有の穏やかな甘みと、錦玉羹のツルツルとした感触が飛び込んできていた。目の前の彼女は司の口からお菓子の破片がこぼれ落ちないようにかそっと手を添えてくれている。
 気がつけばあっという間に、司の念願が叶っていた。

「おいしい?」
「おいしい、です」
「よかったねぇ」

 私にもちょうだい。と彼女が口を開けた。緊張し過ぎて見事に紫陽花の紫をボロボロとこぼした司なのである。



[prev][next]
[Back]

Copyright (C) 2016 PB All Rights Reserved.