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茨と白いタキシード
2024/02/20 20:19

 『コズミックプロダクションによるインターネット投票!一緒にバージンロードを歩きたいコズプロアイドルは誰?一位のアイドルはバージンロードを背景にソロのグラビアを公開!』

「……ふふっ、」

 何度見ても意気揚々とこの企画を立案した副所長の楽しげな顔が浮かんで顔がにやけてしまう。私は今日の撮影の進行を再度確認しながら、静かで荘厳な雰囲気のチャペルをもう一度見回した。
 教会やチャペルといった上品で清楚な雰囲気は、コズプロのアイドルの中では特に巴くんか乱くんが映える。なので恐らく彼らの内のどちらかが一位を取るだろうと踏んでいた企画で、七種副所長はEdenをより盛り立てようとしたのだろう。と、彼の部下である私は想像した。合法の出来レースと言っても過言ではなかっただろう。

 少人数のスタッフだけで構成された今回の撮影に私もスタッフとして同行したのだが、この美しいロケーションに反してニヤケ顔を必死に耐える現状であることには、ちゃんと理由があった。

「七種茨であります!本日はよろしくお願い致します!」

 いつものように折り目正しく敬礼をした副所長、もとい七種くん。撮影場所であるチャペルの雰囲気に合わせてスタイリストさんが選んだ白のタキシードは、木漏れ日のように柔らかい自然光の中、確かな存在感と場の一体感が見事に調和していて、案の定彼にとても似合っていた。
 
 そう、件の投票で一位を取ったのは七種くんだったのである。私の笑いが止まらないのもそれが理由で、つまり彼は合法出来レースの読みを完全に間違えたのだ。

「ふふ、ひひひ、副所長……いえ、七種くん本当に似合ってるよ。かっこいい……」
 
 彼に小道具である白手袋を渡しながら感想を伝えると、案の定七種くんから一瞬だけ強烈に睨まれてからいつもの営業スマイルを向けられた。そんなものは慣れっこである。

「……ありがとうございます!いやぁ、着慣れない衣装は相変わらず緊張しますなぁ!」

 私からほぼぶんどるように手袋を取った彼はカメラマンさんに従ってバージンロードの先でさながら花嫁を待つ花婿のように背筋を伸ばし、視線をまっすぐに向けた。
 チャペルの光を反射しそうなほど真っ白な壁に、採光窓からこぼれる穏やかな柔らかい光は撮影だとわかっているのに、なぜかぐっと込み上げるものがあった。足下に敷かれた絨毯の深い赤が、七種くんの着る真っ白なタキシードを更に美しく映えさせる。あえて照明は強くせず、自然光を生かすことを決めたであろうカメラマンさんは楽しそうに撮影を始めたので、私はそれを隅っこで見守った。

「きれいだな〜……」

 つい先ほどまで彼の失敗出来レースを笑っていた私はどこへやら、といった風に七種くんの撮影風景にのめり込みながら、私ははた、と気がついて慌てて社用のスマホで遠くからSNS用の写真を撮る。こうして見ると七種くんは綺麗で上品な顔をしているので、投票結果も納得出来てしまう。

 つい最近彼はドラマで新婚の夫役をやったのでその影響がかなり大きかったのだろうけれど、やはりファンの人たちはすごくよく見てくれているんだなぁと嬉しくなってしまった。

「休憩です。次、手モデルさん入ります」
「はい」

 カメラマンさんと撮影の進行表を確認しながら私はうなずいた。一旦休憩した後、七種くんがカメラに向かって手を伸ばし、手袋をはめたモデルさんが花嫁役として手だけ出演する、イメージショットみたいなものを撮る予定なのである。

「七種くんお疲れさまです。お昼準備してますよ」
「……ありがとうございます」

 真っ白なジャケットを脱いで衣装を汚さないように別の上着を羽織った七種くんが、撮影の時とは天地の差を感じるほどの機嫌で椅子に座った。こういった瞬間を見られる人間は限られているのでレアではあるが、最初に笑ってしまった手前少し気まずい。

「とてもかっこよかったよ。白すごく似合ってるね」
「はぁ、どうも」
「まず顔面が天才。カチッとした衣装よく似合っているし、緊張しているであろう花嫁を迎える側として満点の表情してた」
「そうですか」
「あとロケーションが神。もっとクラシックなイメージのチャペルとここで悩んだけどこの真っ白なチャペルで大正解だった。なんか神秘的なイメージで七種くんにぴったりだよ」
「……もういいです」

 私の褒め殺しが色んな意味で効いたのだろう。深いため息を吐きながらずるずると椅子からずり下がった七種くんは、珍しく自身のスマホのチェックすら忘れるほど疲れているようである。「こんなはずじゃなかった」と今でも思っているに違いない。

「本当に似合ってるし素敵だよ。撮影だってわかっているのにうっかり招待客側の気持ちになって涙が込み上げてきちゃったし」

 いつか七種くんがどこかの誰かと結婚する時、私もついつい泣いてしまうかも。なんて思ってしまった。
 すると七種くんが、ずり下がっていた体を起こして言った。

「それは、感動の涙ですか?それとも悔し涙?」
「悔し涙?」
「俺がよその女と結婚したら、あんたは悔しくて泣くかって聞いてんの」

 首を傾げたら、七種くんはまた一瞬私を睨んでから黙って弁当を食べ始めた。今日の彼はとことん扱いにくい。
 ……そういうことに、しておこう。

 後半の手モデルさんとの撮影を、彼は私に一つ指示を出してから撮影に臨んだ。

「モデルさんの後ろに立っててください」

 オフィスカジュアル程度の、白なんてどこにも入っていない今日の私の服をよそに、太陽の暖かな光をも味方にしたかのように眩しい真っ白なタキシードを着た七種くんは、モデルさんから何歩も後ろに離れている私を見て、シャッターが落ちる瞬間一つ笑った。少しやんちゃな彼の素の表情が微かに浮かび上がった、楽しそうな笑顔。

 思わずつられて、私も笑顔になる。彼が取る手が私なら、と一瞬思ってしまったことは胸の奥深くにしまっておこう。そう思うのに、彼が休憩の時につぶやいた言葉が私の頭の中を真っ白にするのだ。



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