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レオのランプの魔人パロ
2025/11/04 21:04

 街の外れの大きな宮殿の奥にある、豪華で派手な私だけの部屋。そこは確かに誰もが羨む場所なのかもしれないけれど、私からしたら見えない海に外界との交流を阻まれた、言わば陸の孤島だった、

「ではお嬢さま。おやすみなさいませ」

 侍女が頭を下げて、帳を下ろしたらもう誰の声も聞こえない。私は寝台近くでに焚かれた香炉にお香をもうひとつまみ足して、薄いヴェールのかかった天幕付きのそれに寝転がった。ついこの間まで庶民の娘だった私は、踊り子だった母さまが生前一度だけこの宮殿の主人であるお父さまの前に侍った時に出来た子どもだと言われ、あっという間にこの宮殿に招かれた。父は私が母に似てることが気に入ったようで、すぐに私の部屋を用意すると酒場の隅で踊っていた私は見る間に金持ちのお嬢さまになった。いい物を着て、美味しい物を食べる日々。そしていつかはどこかの金持ちに嫁ぐのだろう。


「つまんない」

 思わず声に出て、私は口をつぐむ。確かにお金があるのは幸せだけれど、私がいい踊りをした時にもらえたあの拍手はもう聞けないのだろう。お父さまは踊り子である母さまが気に入ったくせに、踊りは野蛮なものだと捉えている所がある。踊り子に手を出す方が野蛮極まりないというのに。

 私は一度周囲の気配を探ってから、誰もいないのをいい事にそっと寝台の奥に隠した箱から衣装を取り出して着替え、こっそりと踊った。母さまから教わったステップを一つ踏んで、くるりと回る。本来は身につけるはずの手首のブレスレットが鳴るように手を動かして、すっと腕を伸ばした。

「おおっ!すごいなおまえ!いいぞ!」

 すると突然ぱちぱちと鳴る拍手と共に、寝台のそばに置いてあったランプから煙と共に綺麗な男の子が出てきた。落ちかけの夕陽みたいな髪に、ペリドットの瞳は彼の全体の雰囲気とは違い、獅子のように鋭い。

「……レオ。勝手に出てこないでよ」
「え〜?いいじゃん。そろそろ約束の時間だし」

 そう言われて近くにあった懐中時計を見ると、すでに彼と契約した時間に差し掛かっていた。私は確かに、と納得すると、最後に一つ回ってから衣装をまた豪華な寝巻きにと変えた。

「なんで着替えちゃうの?おれにももっとおまえの踊り見せて!」
「いいの。こっそりやってたんだから」
「おれはこの家の誰にもおまえが踊ってたなんて言わないぞ?だっておれ、ランプの魔人だし!わはは!」

 そう言うと彼は寝台を降り、私の真似の如くくるくる回り始めた。それを見てたら楽しくなってきたのでもう一踊りしようという所で、私はハッとして彼に問う。

「ねぇこれ、新しいお願いになっちゃったりしないの?」
「なんない。おれが好きでやってるだけだし」

 そうあっさり言われて、ほっとしてしまったのは隠しきれなかった。レオが「よかったな?ご主人さま!」と少し悪戯っぽく笑うのを見て、つい顔を赤くして怒ってしまった程だ。


 大商人の父は王宮にも大層覚えがあるようで、私を娘として引き取ったと聞いた王家から祝いの品をいくつかもらったらしい。私もその中から古くとも綺麗なランプを一つもらったのだが、それを擦ったら煙と共に彼、レオが現れた。曰くランプの魔人である彼はランプを擦った人間の願いを三つまで叶えてくれるそうだ。いきなり人生が180°変わった私からしたら、誰かが側にいてくれるのが嬉しくて仕方なかった。なので一つ目の願いは、敬語を外して欲しい。それから二つ目は夜に話し相手になって欲しい。というものだった。

 ランプの魔人はきょとんと目を丸くしてから大声で笑って了承してくれた。ここから私とレオの少し変わった友人関係は始まったのである。

「夜毎の話し相手なんて、千夜一夜物語みたいで面白いっ!おれは気に入った!」
「センヤイチヤ……?なぁに?それ」
「ううん、なんでもない」

 レオは時々私のわからない事を言ったけれど、その笑顔でサラッと流してから楽しい話を沢山してくれた。街で流行りの歌、外国の話、それから私の話をよく聞いてくれた。ついそんな関係が楽しくて、彼に三つ目のお願いが出来ない私である。

 三つ目のお願いをしたら、レオはきっと居なくなってしまう。それは嫌だった。でもこれからもずっと側にいて欲しいという事を、魔人へのお願いにするのも嫌だったのだ。


「おまえの踊り、すごく綺麗だったな。どうしてこんな時間にこっそり踊ってるの?」

 寝台の葡萄を一粒かじったレオが首を傾げた。私は苦笑しながらそれに答える。

「父さまがね、踊りは野蛮なものだって思ってるの。母さまの踊りを見て気に入ったくせに、結局は踊り子を下に見てるんだわ」
「ふぅん。人間に上も下もないのにな」

 とぼけたように言うレオがおかしくて、私は葡萄を一つつまんでは彼の口元に持っていった。指先を少し咥えられて、思わずドキリとする。

「あるわよ。私は元々酒場の踊り子だったし、私と……そうね、王宮の王子さまならもう月と砂粒くらい差があるんじゃないかな」
「よくわからない。人間はみんな人間なのに」
「レオは魔人だもんね。そういうしがらみの中にいないのは、少し羨ましい」

 そう言うとレオが人差しにはめている指輪をいじりながら、俯いて黙った。困らせてしまったかと思い、私は慌てて話題を変える。

「ね、ねぇ。レオは踊り、好き?」
「え?うん!すきっ!」

 先ほど興味を持っていたようだったので踊りに関する話題へと変えると、レオはパッと表情を明るくした。夜なのに、まるで太陽のように眩しい瞳に思わず目を細めたくなる。

「嬉しいな。私ね、踊るの好きなの。例え野蛮だって言われても踊ってる時はただひたすらに楽しいんだ」
「いいな、わかるぞ。おれも音楽好きだし」
「衣装もキラキラで……そりゃあ、ここで着られるドレスの方が煌びやかだけど。踊り子の衣装も私好きなんだ」
「いいよな。おまえに似合ってる」
「本当?」

 嬉しい。と笑えば、レオが真剣な顔をして頷いた。

「うん。もっともっと、おまえに似合う服を着ればいいのに」

 それは暗に、街の踊り子に戻ればいいと言われているのだろうか。けれどそれは叶わないので、私は首を横に振る。

「ダメよ。私その内ね、王宮の大臣に嫁ぐんだと思う。前うちに来た時見たらすごいおじさんだったけど、多分あの人だわ」
「……」
「お父さまの仕事を糧になる為に、私ここにいるんだもん。あーあ。レオとずっと一緒にいられるなら例え街外れの小屋にいてと幸せなのにな」

 うっかり口が滑って、私はギクリと身を強ばらせた。一つはそれが三つ目の願いになってしまわないか。もう一つは彼に私の側にいる事を強制させる事になってないか心配になったからである。

「そっか。おまえ、おれと一緒にいて楽しいと思ってくれるんだな」
「も、もちろん。私、レオと会ってなかったら、こんなに明るい私でいられなかったかもしれない」
「ふーん、わかった」

 何が分かったのだろう。そう思ったけれど、レオはその日その事に何も言及せずに、私たちはただいつも通り話をして、朝目が覚めたらいつも通り、ランプは静けさを取り戻していた。

「また今夜も、来てくれるよね?」

 朝日を浴びて鈍く輝くランプに話しかけても、レオのような快活な返事は来なかった。


 しかしその日、お父さまは朝から血相を変えて私の元に来る。

「今すぐ一番上等な服に着替えなさい!」

 あまりの慌てぶりに、私はとにかく返事をして侍女と共に着替えと化粧を済ませると、随分と着飾ったラクダに乗せられた。どこへ行くのだろうと思い、咄嗟に察する。もしやお父さまが結婚相手として考えている大臣に会わせる気だろうか。

 レオ。と、無意識にあの無邪気なランプの魔人を呼ぶ。最後の三つ目の願い候補は、彼を自由にすることだった。
もしこのまま大臣に嫁いでしまうのなら、その願いを伝えられないままかもしれない。私はラクダの背でポロリと涙をこぼした。


 着いたのは王宮、玉座の間。私は許可が出るまでヴェールをかぶり、頭を下げておいた。隣でお父さまが緊張のあまり喉を鳴らしたのが聞こえた。玉座に誰かが座ったのだ。お父さまが発言される事を許される。

「王子殿下!こ、この度は我が娘を妻にとの事で……」

 大商人である父ですら、緊張で舌が回らない相手。納得が行った。目の前にいるのはこの国の王子殿下だし、なぜか私は彼の妻に所望されたらしい。現実離れした展開に、驚く暇もない。

「うん、そう。その子おれの妻にしてもいい?」
「よ、喜んで!レオ王子殿下!」

 ん?と、私はヴェールの中、首を傾げる。この国の王子の名前を、初めて聞いた。

 パサリと、被っていたヴェールが落ちる。無意識に顔を上げると、そこには落ちかけの夕陽のような橙の髪に、ペリドットの瞳を持った、昨夜話したばかりの人物ごそこにいた。

「会いたかった。ようやく会えたな」

 無礼者の私は驚きのあまり「魔人……」と呟いてから、見事に失神した。


「そう。おれ、王子さまなの。あのランプは遺跡で見つかった不思議なアイテムでさ、この指輪してるとランプの持ち主の所に一瞬で行けるようになってるんだ」

 不思議だよな〜と呟きながら、レオがいつもしていた指輪が人差し指で光る。そんな彼の前に、私は踊り子の衣装で出た。街で着ていたものより数倍質のいいそれは、彼が私の為に仕立ててくれたものだ。

 魔人だと信じていた私が馬鹿みたいだ。彼は人間で、この国の王子だった。むしろ魔人であった方が、無理がないとさえ思える展開に、思わず笑えてきてしまう。

「踊って踊って?おれ、おまえの踊り大好き。一瞬で惚れた!」

 私は一つ頷いて、シャランとブレスレットを鳴らした。



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