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茨と彼女の好みの味
2025/11/04 21:07

 有名店の抹茶ショコラテリーヌがデパートの催事場で売られていた。茨は自身のアイドルとしての仕事の隙間にたまたま社長業を挟み込んでおり、それの都合で入ったデパートでつい期間限定ショップが視界に飛び込んできたのだ。以前現場の差し入れの中にあった記憶があるそれは、確か日和が珍しく絶賛していたものの抹茶味に大して興味のないジュンと一緒に曖昧な相槌を打ったのも記憶に新しい。

 時刻は微妙なタイミングの午後2時。普段はグッと混んでいるであろう売り場はこれからの客入りを予想してか、在庫補充に勤しんでいるようだった。
 今日来訪する彼女宅への手土産にちょうどいいかもしれませんね。

 内心でそう呟いて、茨はテリーヌ売り場へと近づく。今後の混み具合を予想して立てられている列形成の為のロープを一人くるくる回ってからショーケースの元へ行くと、有名な抹茶味以外にも普通のショコラテリーヌも存在した。おや、と思う間も無く店員が茨の存在に気がついたのかチラチラとこちらを見ているので、茨は相手に質問する隙間を与えないよう抹茶味も通常味もどちらも購入しデパートを出た。大きめのパウンド型をしたテリーヌは1つづつ紙袋に入れられて、あっという間に嵩張った。

「……まぁ、どちらも持っていけばいいでしょう」

 賞味期限は3日後だから、今日彼女の家に行った際にどちらも持参して、彼女がいらないと言った方が職場の差し入れにすればいい。そう思いながら二つの紙袋をガサガサと揺らし、タクシーへと乗り込んだ。行き先にESビルを指定して、車は発信する。その中で彼女に今日家に行くこと、お土産を持って行く事を一応話すと彼女からは嬉しいという旨の返信が来て、ついタクシーの中なのを忘れて顔がにやけてしまった。横に置いたテリーヌの紙袋が、タクシーが軽い段差を乗り越えた衝撃で楽しそうに跳ねる。


 しかしふと、茨はここでとある事を思い出す。以前彼女に土産を買って行った際、確か「抹茶とホワイトチョコの組み合わせ、大好きなんだよね」と言っていた気がしたのだ。ただの雑談の一欠片ではあったが、確実にそう言っていた記憶が鮮明に蘇る。茨は二つの包みを暫く見つめると、一つ無意識に頷いた。そうだ。二つ持ってかなくても、こちらで合っているはずだ。


「こんばんは」
「こんばんは茨くん。おつかれ〜」

 玄関の扉を閉めて、リビングに移動してから彼女に持ってきた紙袋を一つだけ渡した。彼女が途端に目を輝かせて「なになに?」とわざとらしく言ってくるのを少しばかり可笑しそうに見つめながら「よかったらどうぞ」と呟いた。

「お土産ってこれかぁ!ありがとう!……あっ!ここの抹茶テリーヌ食べたかったんだ!!うそ!嬉しい!」
「たまたま売り場の近くを通りましてね。あなた抹茶とホワイトチョコの組み合わせ好きなのでしょう?」

 何気なくそう言うと、彼女がこちらを向いたまま目を見開いて、やがてじゅわっと赤面した。

「え……、覚えててくれたの?」

 どうやら自身もその発言をした事を覚えていたようで、茨は不意に居心地が悪くなる。否、選択を間違えていなかったことには安堵しているが、こうなるとあたかも自分が彼女の言葉を全て拾い上げて、まるで好みを丹念に情報収集しているようではないか。

「あ、いえ。たまたまです。本当は普通のチョコレート味も買って……」
「で、私が抹茶味の方が好きだろうなって思ってこっち持ってきてくれたんだね?愛じゃんすごく嬉しい。ありがとう茨くん」
「え、あ、はぁ。……うわっ、」

 感激のあまりか、珍しく彼女が抱きついて来たので思わず受け止めたけれど、今日は気温が高かったから汗をかいているかもしれないと思ってギクリとする。が、彼女はそんな事もお構いなしに茨の胸元に頬を当てて抱きついてくれる。その柔い感触に茨自身も身を震わせるが、自分の選択が合っていた事に対する安堵と、勝った!という謎の優越感に浸っていた。
 

 ほら、やはり合っていた。彼女の好みを的確に突くことでこんなにも蕩けてくれるのなら、この勝負はもはや茨の勝ちである。そんな事を考えてこっそり握り拳を作った後、その腰と背中に思い切り腕を回したのだ。

 雑談の中のほんの一瞬出た彼女の好みお菓子をわざわざ遠くとも記憶していた辺りで、茨は無意識に彼女の気を引きたくて情報収集に必死であることを彼女は勿論茨本人だって気づいていない事は、終ぞ理解し得ない範囲のお話なのである。



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