TOP > 更新履歴 > 記事 マヨイ大正結婚パロ・2 2025/11/04 21:47 良キ妻ノ為ノ十箇条。と書かれた小さな帳面は、私が礼瀬家に嫁ぐ際、お母さまがそっと荷物に忍ばせてくれた物だった。お料理の献立の立て方や、お洗濯で気をつけるべきこと。それから妻としての心構えが書かれたそれは、身一つで嫁いだ私にとっては、どちらかといえば心の支えとしての存在感が大きい。なぜなら礼瀬家はとてもとても大きなお屋敷で、姿は見えないけれど使用人の方も多い。となれば勿論私が家事をやる隙間はない。 でも、私の夢は旦那さまに美味しい料理を振る舞って、どんな時も夫を支えていけるような良妻賢母になる事だったのだ。幸いマヨイさまは私のことを嫌っている様子もないしと、今日は勇気を持ってある事を提案してみた。 「料理、ですか……?」 「はい!」 朝食の最中、よき時機を見計らってそう言えばマヨイさまは予測していなかったのだろう、ポカンとしかお顔で食後のコーヒーが入ったカップを置いた。 「私まだ旦那さまにお料理を振る舞っていないなって思いまして!もしお許しがもらえたら、マヨイさまに私の作ったごはん食べていただきたいんです!」 自分で言うのも気恥ずかしい話だが、私を可愛がってくれているマヨイさまなら一も二もなく頷いてくださるだろうと提案したけれど、私の予想に反してマヨイさまはいつも以上に眉をひそめて、うーん、と唸った。 「えっえっ?マヨイさま、私お料理修行して参りましたから大丈夫です。お口に合うかは分かりませんが、不味いものを作ることはありません」 「しかし……」 そこで私は気がついた。ちら、と気配だけする厨房を見る。いつも美味しいお料理を作ってくれる料理さんが、もしかしたら不機嫌になってしまったかもしれないと思ったのだ。 「あの、もしや料理長さんがご不快な思いをされるとか……?でしたら私、我儘言いませんが……」 「いいえぇ、そんなことは。ただ」 「ただ?」 そう言ってマヨイさまは空のコーヒーカップを置いて立ち上がり、私の元に来ると手をぎゅっと握った。突然綺麗な顔が近づき、私は心臓を跳ねさせる。 「あなたのこのかわいいお手手が怪我したらどうするんですかぁあ?!いけません!あなたの手から作られる料理なんて皿から食べたいですが!あなたが指を切ったり火傷をしたりして痛い思いをするなんて耐えてられませぇん!」 「……」 マヨイさまは、大概私の事を大事にしすぎである。しらーっとした視線で彼を見たけれど「あぁっ!もっと!」と言われて終わってしまった。彼の特殊な癖は理解しているけれど、たまに私の想像を超える。 「私はお料理したいの!マヨイさまにもっともっと私のいい所わかってもらわなくっちゃ!料理長さん、料理長さ〜ん!聞こえていらっしゃいます?私台所お借りしてよろしいですか〜?」 「そんな、これ以上あなたの虜にさせる気ですかぁ?」 「その台詞、ぜひ私のお料理食べた後に言ってくださいませ!もう決めましたから!料理長さんにお伝しておいてください!マヨイさまはお顔を合わせられるのでしょう?」 私が食い気味にそう伝えると、マヨイさまは首を何度も縦に振った。お仕事の場ではどうだかわからないけれど、マヨイさまは押しに弱い事を最近知ったのだ。それに甘えてワガママを言えば、マヨイさまはならば明日のお昼ごはんをと提案してくれた。料理長さんからもどこかしらで了承の合図が出たらしい。 「わかりました!お任せください」 「台所に入る時は私も呼んでくださいねぇ……明日は一日家にいますから」 「えっ?!それでは何を作ったかすぐわかってしまうではないですか」 「その場にいなくても監視できてしまうくらいなら側に……ではなく、夫として心配なんです。それくらいは許してください」 きれいなきれいな翡翠色の瞳に、私だって敵わない。私だってマヨイさまと夫婦になってから、すっかり彼を愛しているのだ。愛は盲目、霧の中。ゆえに私は一つ頷くと、ニタァと笑う旦那さまの顔を可愛いとさえ思いながら、献立を考えることにしたのである。 次の日、初めて入った礼瀬家の厨房に興奮しつつ、マヨイさまが若干近過ぎる距離で私を見張りながらのお料理は始まった。献立はお母さまにも褒められた牛肉とごぼうのオランダ煮と、お味噌汁とご飯にした。ごぼうをささがきにしようと泥を水場で落としていると、マヨイさまがすぐ背後で「あぁあ……」と嘆いている。 「あの、マヨイさま。近いです……泥が跳ねます」 「野菜を洗うのは使用人に任せておけばよかったです……すみませんすみません」 「えっ、どうして……下準備からがお料理ですよ」 「でもあなたの愛らしい手が」 「私土いじり好きですもの」 結婚生活も少し経って、マヨイさまのこの溺愛ぶりにも慣れて来た。本気で相手にしていると、逆に疲れるのだ。 ごぼうをざぶざぶ洗って、ささがきにしてから灰汁を抜くべくお酢に漬ける。牛肉は細かく切って、どちらも炒めてから調味料で煮込んだ。オランダ煮だから唐辛子も忘れずに。 その隙に味噌汁を手早く作ると、ものすごい近い位置にいるマヨイさまが感嘆の声をあげるので、私はついつい調子に乗ってしまう。たとえ家の為の結婚でも、夢が良妻賢母である事には代わりない。段々と旦那さまを愛し始めているのなら、尚更だ。 「はい!出来ました。召し上がってみてくださいませ」 久々に作ったけれど、なかなか上手くできた。私は鼻高々でマヨイさまに勧めると、彼は丁寧に手を合わせて綺麗な所作で食べてから美味しいですと笑ってくださった。その笑顔が見たくて頑張ったので、とても胸が温かくなる。 「美味しいです。ありがとうございます」 「えへ、へへ。嬉しいです」 「よくよく考えればあなたの手から作ったのものを体内に入れられるなんて、幸福以外の何物でもありませんねぇ……」 「へへ、へ?」 言っている意味がよくわからないけど、とりあえず笑って誤魔化した。また機会があればお料理を振る舞ってみようと思う。 [prev][next] [Back] |