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レオと黄緑色の瞳
2024/02/20 20:26

 彼は集中すると周りなんて目に入らないので、その瞬間が狙い目である。

「……」

 久しぶりに少しまとまった休みが取れたからと言って私の家に遊びに来たレオくんは、突然作曲の仕事が入ったらしくヘッドホンをして小さなノートパソコンにかじり付きだした。
 ブルーライトカットの眼鏡の奥、右から左へと目を動かしながら作曲をする彼の黄緑色の瞳を、私は不躾にもじっと見つめた。小さな子どもみたいにまん丸な瞳に反して、以外とキツめのつり目な彼は目だけに注視すると結構大人っぽくてクールな印象である。ただ言動がほぼ幼児なのでそのイメージは木っ端微塵なわけだが、一つ一つのパーツは本当に綺麗だ。黙っていると上品そう、というレオくんのお友達の審美眼は確実に的を射ている。

 そんなわけで私は彼の黄緑色の瞳が大好きなのだが、何せ普段は落ち着きがないので瞳をじっと見ようものなら3秒で「なに?」と聞いてくる。確かに目をじっと見られたらそうなるのも仕方ないが、意外と人の視線に敏感な彼は案外見つめさせてくれないのだ。
けれどひとたび作曲作業に入れば私の視線どころか自分の寝食まで忘れるので、こうして彼の好きなパーツをこっそり、否じっくり見ては悦に浸る程度には、私も変態である。

「あっちょっと待ってレオくんよだれ、やだ、」
「んん、」

 集中しすぎて半開きの彼の口から涎が垂れそうになるのをティッシュでなんとか防いで、私はまたレオくんを盗み見られる場所をキープしつつ本を読むふりをして彼を見つめてみる。つり目に知的な感じの細いフレームの眼鏡はすごく似合うし、瞳と髪の色が比較的派手な分シックな色合いにしたのは大正解だった。

 去年プレゼントした眼鏡をまだ使ってくれているのだが、レオくんがこういったものを失くさずにまだちゃんと持っている事自体が奇跡に近い、というか大事にしてくれているのがわかって、私も嬉しくなる。今年は作曲家個人としての名刺を入れるケースをもうプレゼントしたのだが、それもきっと大切にしてくれることだろう。

 ぱちぱちと彼がまばたきをする度に、メロンキャンディのように柔らかい色の瞳がきらきらと光った。楽しいんだろうな。作曲が楽しいのと同時に、人の役に立てるのが嬉しいんだろうな。と勝手に推測するだけで私も嬉しくなる。
 確かに放っておかれているのは事実だが彼はそういう人だし、私はそんな所が好きになったので折角時間作ったのにまた仕事をするのか、なんて愚かなことは言わない。ただ共有できる時間と空間があればそれでいい。
 一つ、あくびをする。なんだか、ねむくなってきた。


「お〜い。そろそろおきておきて」
「んん……」

 ぼんやりと目を開ければ、だいぶ近い位置で黄緑色の瞳がぱちぱちとまばたきした。なんか頬がくすぐったいと思えば彼の髪がくすぐるような位置で私の頬に掛かっている。床で眠ったせいか、背中が痛い。

「なんじ……」
「今?夜の7時!」
「おわ、」

 レースのカーテンの向こうは既に真っ暗だった。ウトウトするつもりが本格的に眠ってしまったようである。

「ごめん寝ちゃった」
「ううん。ごめんなおれも仕事しちゃって」
「あ〜、いいのいいの」

 夕飯作らなきゃね。と言いながら体を起こそうとしたが、肝心のレオくんがどいてくれない。今一度彼の名前を呼んだけれど、何かをじぃっと見て聞いていないようだ。ピントが合うか合わないかギリギリの位置で、彼はどうやら私の目を凝視している。

「え、なに……?」
「おまえさ、」

 おれの顔よくじっと見るだろ?と言われて思わず呻いた。図星だからだ。

「顔が好きなのかな〜て思ってたし、好きって思ってくれるんなら嬉しいから放っておいてたんだけど、なんか違うなって。そんで今日気づいたんだ、おまえがおれの目をじ〜っと見てんの」
「うっ、」

 顔を逸らそうとしたが、がしっと両手で顔を掴まれて目を逸らすくらいしか逃げ道がなくなった。興味深々ゆえか、まん丸な瞳が蛍光灯を背にしている分暗いはずの視界でもよく見える。楽しそうな、作曲をしている時のようなきらきらした顔をそのままに、ちゅっと頬にキスされた。

「おれもおまえに見られんの好きだから別にいいけどっ!」
「へ、」
「……アイドルだから!」
「あ、あ〜なるほど……」

 これは許されたのだろうか。と内心ほっとしながら、ようやくどいてくれたレオくんに続くように体を起こした。これからは彼が仕事中でももっとばれないように盗み見なくては、なんてあまり反省してない考えを巡らせながら、見られるのが仕事であり慣れっこなのであろう感謝した。

 彼のことが好きなのは事実だし、彼の綺麗な黄緑色の瞳が大好きなのも事実だ。なので多少変態かもしれないが恋人に顔向け出来ないことではないか。なんて棚上げ理論を勝手に脳内に並べてから、私は夕飯を作るべくキッチンに行こうとレオくんを追い抜かした所で、強く腕を引かれてそのまま強く抱きしめられた。

「あのさ、おれもおまえに見られんの、すき」
「う、うん……?」

 先程の話の続きだろうか。気まずいからもう忘れて欲しいのに、また掘り返してきた彼の真意が掴めなくて内心ビクビクしながら言葉の続きを待っていたら、突然耳に柔らかくて熱い感触がして、リップノイズが近い距離で鳴った。反射的に体を固くすればそのまま耳たぶを咥えられて、一気に体温が上がる。彼のいつものあっけらかんとした声ではなく、艶のある掠れ声が耳元をくすぐるように響いた。

「なんかちょっと色っぽい感じの曲書く時は、いっぱい見てほしいかも」
「……」

 私の身体に回った腕がより強く絡まって、距離が近くなる。いわゆる、彼なりのおねだりだ。
 あぁよかった。変態なのは私だけではなかった。空腹で鳴るお腹とそこに絡まる彼の腕、優先すべきはどちらだろう、と、ぎりぎりで踏みとどまる理性が、なんとか脳を動かす。
 後ろから抱きしめられる形でよかった。今、彼の宝石みたいな瞳で見つめられたら、答えがあまりにも簡単すぎる。



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