パウダー・ブルー

 これは、私が零様の隣で眠るのにようやく少し慣れてきた頃の話。


 いつもと同じ、砂の海にぽっかり浮かぶ真っ白な月を、コバルトブルーの空が優しく覆う夜の空。故郷の貧しい村よりずっと夜が明るいのは、眠らない街を照らす為なのかもしれない。

「嬢ちゃん、寝ないのか」

 仕事を終えて薄い寝巻きに着替えた零様がベッドの上で呼ぶ声に私は話半分で返事をして、土壁と石のレンガで出来た部屋の窓を見た。ちょうど窓から見える真っ白な月は細く長く、まるで爪の先のようだ。

「どうかしたか?」

 私がぼんやりと返事をしたせいか、不意に背中があったかくなる感覚と、零様の匂いが近づいてきた。私は偽物の妾なのに、零様はこうしていつも私を気にかけてくれるのが少し嬉しい。

「夜がね、明るいなぁって思ったんです。故郷の夜空はもっと暗くて、ランプが必要だもの」

 ここより少し北にあるらしい私の貧しい故郷は、砂漠と森の中間地点にある。そのせいか夜の闇はもっと深いのだ。

「この辺は月光が明るいからのう。眩しくて寝られないか?」

 耳元で低くて優しい声がしたのと同時に、零様が私のお腹に緩く腕を回して抱っこしてくれる。それに甘えるように寄りかかると、よしよしと私をあやす腕を絡めてくれた。頭に彼の頬が押し付けられているのか柔らかい感覚がしてなんとなく気持ちいい。あんなに端正で細い零様でも、ほっぺは柔らかいんだなと思うと少し可愛く見えてくるから不思議だ。

「そうじゃないけど、なんとなく。少しここに慣れてきたからこそゆっくりお外が見られるのかも」
「それはよかった。我輩の側は居心地が良いか?」

 そう聞かれて即座に首肯すると、零様は今度はぐりぐりと私の肩に顔を埋めて唸り始める。彼はたまに不思議な行動を取るから特に気にしないでいると、零様は低く呟いた。

「おぬし、ほんとにかわいいのう。素直で」
「そうですか?嘘つくのあんまり得意じゃないかも」
「ククク、じゃあ今のような偽物の妾を演じるのは辛いんじゃないかのう。なにせ毎日、嘘をついておる」

 確かにそうだ。と私はハタとした。けれど何故か、その嘘は苦手に感じない。

「偽物は偽物ですけど、あんまりそういう自覚がないのかも。だって私、零様と寝るのドキドキするし、今も甘えてるもの」
「……」
「だから、あんまり嘘ついてる気分になりません……もう寝ましょうか。明日もお仕事がんばってくださいね。零様」

 そう言って、私はくるりと体の向きを変えると零様の頬にちゅっとキスをした。ようやく慣れてきて私からも出来るようになってきたスキンシップを済ますと、彼の腕をすり抜けてベッドに入る。
 明るい夜に、ひんやり冷えた風が窓から滑り込む。少しだけ寒いから早く零様に隣に来て欲しいのに、彼は額を押さえたまま、なかなかベッドに来てはくれなかった。


「あ〜、本物にしちゃうぞこのやろ〜……」
 
 そう呟いた零様の小さな小さな声は、真っ白な月が一粒残らず吸い上げたみたいだった。

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