死を覚悟した私の最後に目に映ったのは、黒い隊服と、炎を連想させるような綺麗な黄色と赤の癖のある髪の毛だった。
…
痛い。辛い。逃げたい。
こんなことなら死んだ方がマシかもしれない。
血に染った家。服。動かなくなった家族。
少し歳の離れた弟と逃げ出したけれど、鬼に捕まり、身動きが取れない。
弟を庇って右腕に鬼の爪が肉を切り裂く。
逃げてと叫ぶけれど、叶わずに弟も動かなくなった。もう、私も死んだ方がマシだと思った。体も痛い。気が遠くなってくる。抗う力も無くなって諦めた時、私が感じたのは、炎の中にいるような温かな温度だった。
…
「...目が覚めましたか?」
見知らぬ天井だった。ゆっくり体を起こせば、まだ少し傷が傷んだので思わず顔を歪めると、私の体を支えてくれた女の子が目に映った。
「無理に起き上がらないでください。傷が開きますよ。ゆっくりでいいので後でこの薬を飲んでくださいね」
割烹着を着て蝶の飾りとツインテールが特徴的な女の子。まだ幼いように見えるけれどハキハキと話して、隣には水と鎮痛剤と書かれた薬の説明をしてくれる。
その言葉を回らない頭で聞きながら周りを見渡すと、少し狭いけれど落ち着く部屋。私が眠るベッドと窓からは心地よい風が白いカーテンを揺らしていた。ほんのり風に乗って薬剤の匂いもしたため、病院かと思えば、そうでも無いらしい。
右手は傷が痛んで動かないけれど、左手で自分の胸に手を当てれば、どくどくと鼓動が聞こえてきた。
「...生きてる」
私が声を出したと思えば、そんなことを言うものだから目の前の彼女は、え?とでも言うように目を丸めて、しばらくして当たり前じゃないですか。と答えた。
「炎柱様が助けてくださったんです」
「...えん、?」
えんばしらとはなんだろうか...。そう言えば、目を覚ます前に、私の目の前に現れた人は一体誰だったのだろう。いろいろ聞きたいこともあるけれど、思い出せば出すほど地獄の場面が蘇って気持ちが沈む。目頭が熱くなってきて顔を俯けると、女の子は気を遣って席を立つ。
「まぁまだ頭も回らないでしょうし、お話は胡蝶様がしてくれると思います。いま呼んでくるのでゆっくり休んでください」
目元から溢れる涙を拭って彼女に、ありがとうございますとお礼を言えば、優しく微笑んで頭を下げて出ていった。
飲んでと言われた薬を口にする。けれど右手の傷が傷んで湯呑みを零してしまった。どうしよう。床も濡れてしまったし、このまま放っておくのは迷惑がかかる。何とかして片付けなければと床に落ちた湯呑みに手を伸ばす。
「...いっ...」
「大丈夫ですか?」
突然聞こえた声に驚いて体が崩れて床に落ちそうになる。体制を立て直すにも傷が痛んで出来なかったけれど、知らない手が支えてくれてベッドに戻ることが出来た。
全く足音もしなかった。気配も感じなかった。誰かと思えば、綺麗な顔立ちをした女性。この子も蝶の飾りが特徴的で、優しい声音。
「傷、痛みますよね。深いので治るにはかなりかかると思うので一人で無理は禁物ですよ」
「...ありがとうございます」
私の代わりに湯呑みを拾って手拭いで水を拭いてくれた。すみません、と謝れば、いえいえ。と大きなお目目を細める。
「災難でしたね、あの町には鬼が出るという噂は聞いたこと無かったのですが」
「...鬼、」
昔、幼い頃に祖父母が言っていたのを思い出した。深夜に山へは絶対行ってはいけない。出来ることなら家から出てもいけない。鬼が出るからだ。
だけど、今まで生きていて誰かが鬼に襲われたなんて聞いたこともなかったから、街のみんなも、私もさほど気にはしていなかった。
「はい。未だに信用しない人もいますが、実在するものです」
どうして。どうして私の所にだけ現れたのだろう。私の家族が襲われたのだろう。初めて見た鬼という存在は、怖くて、残酷な生き物だった。きっと、こんな話をしても街のみんなは誰も信じてくれないだろうな。戻りたい。あの家に戻りたい。それも一生叶わないんだと思えばまた涙が出てきそうになる。
「心の整理もつかないでしょうから、時間をかけて治していきましょう。精一杯サポートしますから」
私の震える肩に手を置いて微笑む彼女の優しさに自然と涙が零れる。
「あなたは...どうして」
「私は鬼殺隊という組織のものです。鬼を殲滅する。あなたを助けたのもその人です。まぁ、さすがに血だらけの女性を抱えてうちに乗り込んできたのは驚きましたが」
鬼殺隊。そんな組織なんて聞いたこともなかった。鬼、と戦うの?絶対に勝てないと、目の前にして死を覚悟したほどなのに。
それでも最後に見た大きな背中を思い出せば、何故か安堵したのを覚えている。私を助けれくれた人。確か、燃えるような髪をした人。
「その方は、いまどちらに...?」
「任務に出ています。今回は遠出らしいので数日は戻れないと仰っていましたが」
今も鬼と戦っているのかと思えば少し心配になった。私と同じようにたくさんの人を救っているのだろう。きっと素敵な人だ。会いたいな。お礼を言いたい。
「大丈夫ですよ。戻ってきたらすぐに会えます。あなたが一週間ほど眠っている間も、時間を見つけて毎回立ち寄ってましたから」
「...え?」
「心配してくれているのですよ。まぁ確かに、こんな深手を負って無事に目を覚ましたのが奇跡ですからね」
本当によかったです。ニコリと笑ってくれた彼女に辛かった心が安らいだ。この人は信用出来る。優しい人だ。
それからいろいろと説明してくれた。彼女の名前は胡蝶しのぶさん。初めに会ったのがアオイちゃんと言うらしい。
ここは蝶屋敷でしのぶさんのお家兼医療現場だそうで、任務で怪我した人を治療するそうだ。
「私は他の怪我人を見てきますから、名前さんはゆっくり休んでくださいね。後でアオイに水を持ってくるように頼んでおきますので、薬は忘れず飲むようにお願いします」
それから再び足音もなく去っていったしのぶさんにいろいろと尊敬の念を抱いた。あまり地元の町から出たこともなかったので知らないことや人ばかりだと発見がたくさんだ。
なんだか疲れてしまった。瞼を閉じる。あぁ、もう二度と、私の隣で眠ってくれる家族は居ないんだって考えると、閉じた目から雫が落ちて、枕を濡らした。
どうしようもないけれど、
どうしようもなく、誰かの温もりに触れたい。