秘色の瞳に降り積もるのは言の花。

「ここはね、隠し味にこの調味料を入れて...弱火でじっくり煮込むと柔らかくなって美味しいの」
「すごーい!」


いつも通り食材の仕込みから調理をしていると、アオイちゃんがバタバタと走って調理場に駆け込んでくる。


「もう!胃袋どうなってんの?!全然足らないじゃない」
「さすがです...炎柱様...」
「いつもすごいよね」
「うん、圧倒されちゃう...」
「え、...炎柱...様?」


聞きたい単語に目を丸くする。


「はい、今朝方任務を終えて少し怪我されたらしくて病室で休んでるそうです」
「け、怪我...?!」


心配だ。怪我ってどれほど酷い怪我なのだろう。


「わっしょい!」


大きな声に床が揺れた。え、なに?なんの音?


「とにかく、今日の煮物なんなの?そればかり食べて恐ろしいくらい大きな声出すからやってられないわ」
「今日の煮物...確かさつまいも...」


そう、煉獄さんのことを考えて無意識にさつまいもを煮ていた。


すると、突然ガタガタと廊下が騒がしくなる。


「だ、誰か早くおかわり持ってきてくれよ!」
「そんなこと言われても私たちが作ってるんわけじゃないんだから!」
「つーか今日誰が飯作ってんの?」
「さぁ...何も聞いてないけど...」
「あの、私が持っていきます」
「え?!」


ちょうど出来上がった煮物をお盆に乗せて調理場を出る。隠の人たちが驚いたのが見えた。

「あれ...あなたは...?」
「名前さん!任せていいんですか?」
「はい。平気ですよ。アオイさんも気にせず他の仕事をお願いします」
「名前ってあの、最近入ったっていう人じゃねぇか?」
「そうなんだ...こんな綺麗な人がまさかいたなんてもっと噂になってると思うんだけど...」
「ばっかお前すでに噂になってんだろ隊士たちが鼻の下伸ばしてるって」


後半はコソコソとしていて聞こえたかったが、アオイさんときよちゃんたちにも笑顔を向けて病室へ運ぶ。


近づくに連れてうまい!と声が聞こえて少し笑ってしまった。


「うわぁぁぁ!!煉獄さぁぁん!」

突然バタバタと聞こえて可愛らしい女の子の泣き声が聞こえる。そっと中を除けば、ピンク色の髪の子が煉獄さんの座るベッドに泣きついていた。

誰だろう。まず煉獄さんがこんなに親しそうに話してるのは初めて見た。そして優しそうに、「心配するな。大袈裟だぞ」と笑う顔も。
どくん、と心が沈んでしまった。さっきの上がった口角も静かに下がる。なにこれ。やだ。こんな、感情。

ドアの前で踏め出せない私に目線が向けられた。

「名前!」


ばっ!っと顔を上げた。心臓が鷲掴みされたような瞬間。いま、初めて名前を呼んだ...。呼んでくれた...。
私の聞き間違えだろうか。目が合った煉獄さんはニコリと笑っているだけでそれからは何も言わないけれど、入れと言いようなのでゆっくり踏み出せば、ベッドから顔を上げた女の子が目を見開いて、そのまま私に寄ってくる。

「もしかして、貴女が名前ちゃん?わ〜!!噂通り可愛くて綺麗!キュンキュンしちゃう!」

噂...?噂とはなんだろうか...。
ありがとうございます、とお礼を言っておくが、目の前の彼女の方がとても端正な顔立ちと柔らかな表情で何倍も可愛らしい。

「これ、名前ちゃんが作ったの?すごい美味しそう〜!」
「はい。煉獄さんがおかわりをと聞いてきたので」
「料理が出来るなんて素敵ね!そうなの!煉獄さんさっきからずっと橋が止まらなくて」
「うまい!」
「お口に合っていただいて何よりです」
「ふふ、煉獄さんがいつもより嬉しそうに食べてる理由が分かったわ」
「いつもより...?ですか?」
「ええ。もうキュンキュンしちゃう!」

年頃の娘のように楽しそうに輝いてる彼女に何だか自分を重ねてしまう。

「私、甘露寺蜜璃!蜜摛って呼んでね!」
「蜜摛さん?」
「さんなんて付けなくていいのよ!でも可愛いから嬉しい!」

仲良くしてね、と手を握って飛び跳ねる蜜摛さんに私も先程までの沈んだ感情が徐々に薄れていく。

「仲良くなれたようでなによりだ!」

煉獄さんの言葉で彼の方を見て本業を思い出す。お盆を近くの机に置いて求めていたであろう煮物を差し出した。

「お待たせしてすみません」
「うむ!謝ることは無い!ありがとう!」

すると、煉獄さんが箸を持つ手は少し震えていて違和感を覚える。ちょうど上に腕を上げた時、袖から見えた痛々しい包帯の巻き具合に心が傷んだ。

「傷、痛みませんか...?どうしてこんな...」
「私が!私が悪いの...油断したところを煉獄さんが庇ってくれて」
「弟子を守るのは当然の務めだ」
「弟子...?お2人は...」

本日2度目の驚きだ。

「煉獄さん、私の師範なの!」

蜜摛さんが曇りのない笑顔で笑う。その瞬間今までのモヤモヤが快晴のように晴れた。

「心配することは何も無いからね。あとはゆっくりしていって」

無意識に胸をなでおろしていたのだろうか。何かを察した蜜摛さんはコソッと私に耳打ちして笑顔で手を振って出ていった。「次は私にも桜餅作ってね〜」と眩しい笑顔だった。


「む、行ってしまったな。全く元気で結構結構!」
「そうですね。煉獄さんも早く元気になってくださいね」
「うむ!君の料理を食べると活力が湧いてくるぞ!」


ははは、と笑う煉獄さんはまたあっという間にご飯を平らげていた。

「まだおかわりありますよ。どうぞ」

お盆から新しい食事を渡すと、煉獄さんは手を止めてじっと手元を見つめる。

「煉獄さん...?もうよいのですか?」

しばらくして、真剣な表情を向けられて身が固まる。それから眉を下げて微笑んだ。

「君は、俺には食べさせてくれないのか?」

えっ。どういうことだろうか。思考が停止した。食べさせる。とは。そして思い出して頭が熱くなる。


「あの、あれは、たまたまと言いますか...」
「俺も怪我人なのだが」
「そ、そうですね...」
「ダメなのか?」
「...えっ、と...」


そんなこと言われて断れるわけないじゃないか。ずるい。煉獄さんから箸を受け取ってひとつ、さつまいもを掴む。
口を開けて待つ煉獄さんはいつもより近い距離で私の手が震える。あーん、と無事に口の中へ届いた瞬間、肩の力が抜けた。


「わっしょい!!」


今世紀最大の大きなわっしょいを聞いた。
そして、初めてかもしれない。こんなにも、嬉しそうに目を細めてご飯を食べる煉獄さんの顔が、とてつもなく大好きだった。
よかった、作ってよかった。


「数百倍美味く感じるな」


ポツリと呟いて、また笑う煉獄さん。
そんなに優しい顔しないでと思いながら、私も初めてくらいいつもの数百倍幸せを感じてしまった。再び無くなるまであーんし続けたけれど、前の隊士達にしたのとは全く違う鼓動の鳴り方。またこうして怪我をした時はいつでも私があなたを元気にさせてあげたい。美味しいご飯を作ってあげたい。

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