私が今の人生で十分幸せだってことは絶対に天から見守ってくれている神様だって分かっているはずだ。不満なんて何一つない。強いてあげるとするならばこの大江戸かぶき町は騒がしくて少し治安が悪いくらい。結構な頻度で爆発音やらパトカーのサイレンやらが鳴り響く町。でもそれですらあぁ、今日もかぶき町だなって思うほどだというのに、私の唯一の働き口である料亭が閉まる事になったらしい。成人して親を安心させるために高級料亭の厨房に就職したのに何故こんな大きなお店が潰れなければならないのか。数年働いて仲良くなった同期に聞けば、何やら上の役人が攘夷志士と絡んでいたらしく、それがバレて幕府に取り締まられたらしい。だから最近やたらと幕府のお偉いさんが顔を出していたのか。高級料亭というため、基本的には役職が上の方ばかり来店されるけれど、ここ連日は何故か警察の長の方なんかが宴会と称してよく貸切にしていた。そういう事だったのかな。いや、それにしても困った。せっかく数年働き慣れてきてお給料も安定していたのに、ここに来て転職だなんて。同期たちは高級料亭だったし退職金もしっかり払われるからすぐ働かなくてもしばらくは遊んで暮らせるよと笑いながら言っていたけれど突然のことすぎて急に休めだなんて言われても落ち着かない。閉まるといってお店にあった私物やいろいろ片付けをしていると黒い服を着た男の人たちが女将さんと話している。あ、あの人たちなんだっけ。真選組だっけ。この前来た貸切の時に見たことある。パチリと一人、目が合った。栗色の若い男の人だ。私と歳も変わらないくらいなのに警察だなんて。すごいな、そんな場違いなことを考えていれば、同期の子に呼ばれてその場から離れた。
結局、退職した後も、何もしないのが心苦しくて本当に遊んでていいのかなぁなんて、現在目の前にいる同期とのお茶会中にポロリと言葉を零してしまった。
「ほんと真面目だよねぇ、名前は」
「そうそう、もっと気楽に生きなよ。今のうちに彼氏作るとかさ」
「いや、恋愛とかそういうのは…」
「名前就職してきた時からそれ言ってるよね」
「恋愛しないと人生つまんないよ。せっかく可愛いんだから」
同期の言葉に苦笑いを浮かべる。確かに今まで恋愛とかなんてしたことが無い。全く無いといえば嘘になるけれど、目の前の彼女たちみたいに、やれ彼氏がどうとか、どこにデート行ってきたとか、特定の相手とそういう関係なんてなかった。私なんて、行きつけのコンビニの定員がカッコイイとか、すれ違って落し物拾ってくれたお兄さんがイケメンだったとかそんな程度。ふと思い出したように同期の1人が言った。
「あ、そういえば、この前来てた警察にイケメンいなかった?」
「いたいた!黒髪の人でしょ?」
「その人!一緒にいた茶髪もカッコよかったよね」
「分かる!2人とも違うタイプのイケメンって感じ!」
よく見てるなこの人達。警察、真選組の人だ。確かにかっこよかった。そもそも私は若いのに公務員している時点で尊敬に値する。
「あんたもあの人にすれば?」
「え、いやいや。無理だよ。その前に警察の方とお付き合いだなんて恐れ多いし、私は見てて勇気を頂くだけで十分かな」
「…あんたって本当につまらないくらい真面目すぎるわね」
でも冒頭で言ったように、そんな人生に不満なんて無かった。そんなことより親を安心させたかった。私の稼いだお金で親が幸せに過ごせたらそれで十分だった。でも現状がそうではなくなってしまって困り果てている。美味しそうに団子を頬張る彼女たちに釣られて、考えていても仕方ないか、と私も目の前の三色団子に手を伸ばした。
「あぁ、ありがとうね万事屋さん、助かったよ」
「おう。またなんかあったら呼んでくれ」
「屋根修理したばっかなんでしばらくは様子見てください」
「これ報酬とお礼の団子だよ。持って帰りな」
「きゃっほー!今日の晩メシ決定アル!」
奥の主人と聞こえた話し声に耳を傾けた。万事屋?何でも屋ってこと?主人が見送った先を見れば、3人の背中が見える。一際目に入ったのはゆらゆらと揺れる銀髪。
「どうしたの?名前」
「いや、なんでもないよ」
手に持ったままだった団子を一口食べて咀嚼した。美味しい。これもお土産に親に買って帰ろう。そうして今度は恋バナから職場の話に変わった会話に花を咲かせて女子会を楽しんだ。
「…万事屋、銀ちゃん」
先日の団子屋で耳にした万事屋という名前に、ほんの少し期待を乗せて帰り際、同期にバレないように主人の方に詳細を聞き、住所を教えてもらった。1階はまだ昼間のため明かりもついていないスナックが佇んでおり、その上には古びた看板に聞いた名前が大きく存在している。万事屋銀ちゃん。お金さえ払えばなんでもしてくれるらしい。団子屋のご主人は屋根の修理を頼んだらしく、他にもおつかいやらなんやらよく依頼するそうだ。うちは家内と2人だから年寄りしかいなくて助かっている。と笑っていたけど、万事屋さんは、ここかぶき町では知らない人はいないほど有名人らしい。うちの他にも、迷子の猫の捜索とか犬の散歩とか引き受けてかぶき町内を慌ただしく駆け巡る彼らを見かけるそうだ。知らなかった。私なんてずっと料亭で働くばかりの人生だったから。そんなありふれた面白くもない生活が突然終わってしまって、昨日の同期の女子会も終わり、今日は身に付いた起床時間にも起きてしまっていてもたってもいられなくなって来てしまった。同期は今日も彼氏とデートを楽しむらしい。大丈夫。私もしっかり準備してきた。履歴書も完璧、ゆっくりと深呼吸をしてインターホンを押した。
「…で?ウチはハローワークではねェんだけど」
「…はい、すみません」
ソファにふんぞり返って足を組むのは昨日見た銀髪の人。看板にも書いていた銀ちゃん、もとい坂田さん。
「ったくよォ、若いねーちゃんが1人で何しに依頼来たかと思えば、新しい就職先探してくれだァ?どこのマダオだっつーの」
マダオに関しては分からないけれど坂田さんが言うのも無理はない。だってちゃんとそういう専門のところに行けばたくさん求人情報なんて転がっている。でも何故か気が引けた。
「まぁまぁいいじゃないですか。困ってるのは事実なんですし。大変でしたね」
「もったいないアルな。そんなホワイト企業がおジャンになったなんて」
「ありがとうございます…」
「こんなブラック企業もありますし」
「給料全然払ってくれないアルからな」
「テメーら客の前でなんつーこと言うんだよ!」
「あはは…無理言ってごめんなさい、坂田さん」
「あー銀さんでいいよ。硬っ苦しいの嫌いなの俺」
「あ、はい。銀さん」
坂田さん─銀さんの他にいた従業員の2人は優しく話を聞いてくれて、新八くんは丁寧にお茶と軽いお菓子を差し出してくれた。彼らも若いのにちゃんと働いてて素晴らしい。
「でもよォ、なんでうちに来たワケ?そりゃお金さえ払えばなんでもするけど絶対満足行く職場があるとは限らねェよ?」
「…はい、分かってます」
気が引けた。それはハローワークに行けば、必ず親の承諾がいるとか書類がいるとか、なんやらかんやらが重なって面倒になりそうだったから。どうしても親に心配かけなくなかった。迷惑かけたくなかった。こういうのは自分の力でなんとかしたかった。
「…親孝行ねェ」
「立派ですね。そんなに無理しなくても、もう十分親孝行できてると思いますよ」
「そうアルよ。真面目すぎアル」
どこかで聞いたその言葉に再び苦笑いを零した。気だるそうに聞いていた銀さんが組んでいた足を外して私を見つめた。
「親っつーもんは子供が元気に生きてればそれ以上は何も望まねェよ。娘なら尚更。一番できる親孝行なら普通に結婚して孫の顔見せてやることだと俺は思うがねェ」
なんだか昨日から投げかけられることばが全て聞いたことあるものだ。この歳になるとそんなに働くだけの人生はとがまれるのか。少し傷つきながら銀さんの言葉を噛み締める。結婚かぁ。考えたこともなかったなぁ。
「ま、頼まれたもんはきっちりやらせてもらうが、あんまり考えすぎんなよ」
また連絡させてもらいます。気を付けて帰るアルよ。新八くんと神楽ちゃんに頭を下げて万事屋さんを後にした。昨日と今日の言葉がずっと脳内を駆け巡る。恋愛、結婚。それが親孝行。ずっと仕事ばかり過ごしてきた私には無理な話だ。いいじゃないか。そんな人生でも。私に不満は無いのだから。
「ただいま」
「あらおかえり名前」
母がニコリと笑って出迎えてくれた。いつも通り、家族3人で夕食を食べる。そうだ。私は今で幸せだ。
「2人とも心配しないでね、次の就職先も決まりそうだから」
「もうお金のことなんていいのに」
「そうだぞ。そんなことよりお前」
恋愛、結婚。
無理だと思っていたこと。
「そろそろ結婚しないの?」
「いい歳なんだから恋愛くらいしないと」
絶対に私には無いと思っていたことが突然人生に舞い込んできた。
────神様は気まぐれだ。