「え!ホントですか?」
電話越しに聞こえた朗報に笑顔が収まらなかった。
「おー、じゃあそうゆうことだから」
当の本人は相変わらず気だるそうな声だったけど、ありがとうございます、とお礼をすれば、よかったな。と一言くれて電話を切った。
以前、万事屋さんを知った団子屋のご主人が、丁度人手が足らなくてという理由で私を雇ってくれるらしい。あそこなら私も銀さんも顔見知りだし信用出来ると紹介してくれた。こちらの準備次第でいつでも出勤していいと言われたので、さっそく明日から初出勤させてもらう事に決めて着物と頂いた腰エプロンを巻いて店先に出る。
「よろしくお願いします」
こちらこそよろしくね。とあの日見たご主人とその奥さんが皺のある顔を綻ばせてゆっくり微笑んだ。以前は厨房でご飯を作っていたけれどこちらの団子屋では主に提供とレジといった接客業務だったけれど人と話すのは好きだし何も苦にはならず、やってくるお客さんもみんな優しい人ばかりだったので緊張することも無く、あっという間にお昼のピーク時間は過ぎた。お店は小さくこじんまりしているけど店主の人柄のおかげかたくさんの常連さんが通っている。お持ち帰りの他に、2つほどの飲食スペースがあるのでそこで食べた湯のみやお皿を下げている時だった。
「おやっさん、団子くだせェ」
「いらっしゃいませ」
「ありゃ、知らねェ顔がいらァ。新人ですかィ」
「はい。今日から務めさせて頂くことになりました。名字名前です」
「…へぇ」
ペコりと頭を下げると、ずぃっと顔を近付けられてぐっと息を呑んだ。あれ、この人どこかで見たことある気がする。どこだっけ。私が考えていれば、目の前の彼はじっと私の顔を見つめた後に何故か満足そうに店内に入っていった。
「おやっさんは?」
「中で休憩中です。今呼んできますね」
「いや。アンタでいいでさァ。きなことみたらし団子2つで」
「あ、はい。かしこまりました」
私が準備してお盆に乗せた頃には、彼は店内の2人席に座って、つまらなさそうにメニューを眺めていた。
「お待たせしました。他に何か頼まれますか?」
「いや、別に。いただきやす」
「おや沖田くん。いらっしゃい」
私の言葉に帰した後、彼はメニュー表を元の場所に戻して団子を頬張った。店内からご主人が顔を出して、振り向く。
「名前ちゃんありがとうね。初日なのにほとんど仕事任せちゃって」
「いえ、とんでもないです。無理なさらずゆっくり休んでください」
「助かるよ。沖田くんは今日もサボりかい?」
「いつもサボってるみたいに言わねェでくだせェ。列記とした見回り中でさァ」
「あはは、それをサボりっていうんだよ」
ゲラゲラと笑いながら、ゆっくりしていきな。と再び奥に戻ったご主人。今サボりって言った?黒い服装をじっと見つめて記憶を練り探す。
「何見てんでィ」
「え、あ、すみません。じゃぁ私仕事に戻りますね」
ごゆっくり。と頭を下げて片付けを再開した。黒い服、黒い服、とずっと思い出していると、大きな機械音が町中に鳴り響く。あぁ、今日もかぶき町だな。なんて思考が方向転換したその瞬間、団子を食べていた彼が、今日も平和ですねェと小さく零して立ち上がる。いや絶対平和ではないんだけれど。
「俺行きやすんで。ご馳走様でした」
レジの方に来て料金を丁度渡して背を向けた。そして腰に差した刀を見て思い出した。あ、前の料亭で見たあの時の警察だ。真選組だ。
「ありがとうございました。えと、」
「沖田総悟でさァ」
「沖田さん」
「総悟でいいですぜ」
「え、あ、沖田、くん」
「なんでぃそりゃ」
「…すみません」
何故か体が強ばって思わず出た声は名字だった。
「名前さん」
突然名前を呼ばれて心臓がドキリと大袈裟に跳ねる。すると目の前の沖田くんは少しからかうように笑った後、手をポケットにつっこんで、また来やす。とお店を出ていった。
びっくりした。今の男女ってそんな早く名前で呼び合うの?距離感が全く掴めない。未だにドクドクと鳴る心臓を抑えるのに必死だった。
「おーい、名前ちゃーん?」
「きゃぁぁぁぁ!!」
「うぉ!なんだよ!」
再び顔を上げて、そして私の名前を呼ぶ男の声に脳内はキャパオーバーになり、反射的に上げた声と右手にやってきた銀さんの頬は赤く腫れてしまった。
「なに?銀さんなんかした?ちゃんと依頼遂行したよね?なにが不満だった?」
「いえ、なにもないです…本当にすみません」
頬を痛そうに撫でる銀さんには本当に感心しているのだ。こんなに良い職場を紹介してくれて。はぁ、と一息ついた銀さんは三色団子3つ、と注文したのでついでに腫れた頬を冷やす氷袋も用意して持っていく。彼は店先のベンチに腰掛けていた。
「お待たせしました。どうぞ」
「ん、どーも」
持っていった途端、銀さんは先程の不満そうな顔から一転して、一気に団子を口に入れ美味しそうに咀嚼している。甘いの好きなんだなぁ。とその顔を見て私も笑った。
「銀さん、今日はお仕事は?」
「名前ちゃんが初出勤頑張ってるか見に来た」
「そうなんですね。ありがとうございます。頑張ってますよ」
両腕をグッと上げて握り拳を作ると、銀さんは目を丸くして、すぐによかったよかった。と優しく笑った。なんだかんだ面倒見が良くて良い人だな銀さんは。みんなが頼る気持ちもよく分かった気がする。
「さっきもオヤジと話したけど初日なのに店番任されてよくやってんじゃねーの。ま、仕事人間だった名前ちゃんならどこでもやっていけると思ってたけど」
「そんな大層なことはしてないんですけど、ご主人達のお力になれてたら嬉しいです」
そう。このご主人方はもう定年も過ぎて長時間の労働は苦しいらしく、合間を縫って休憩をとってもらっている。無理はさせたくないので、その間は不束ではあるが私が1人で店番を承った。私も最初は不安だったが、何かあったら奥にいる2人に聞けばいいし、忙しいのは丁度お昼頃なのでそれが過ぎたらお持ち帰りのお客がほとんどのため、そんなに慌ただしくはないのでなんとか平気だ。
「銀さん、本当にありがとうございました。また改めてお礼をさせてください」
「あ?いーってそんなもん。報酬はちゃんともらったんだし」
「そういうわけには、」
「名前ちゃんが元気に働いてくれてればそれでいいから」
なんだかお父さんみたいなことを言う銀さんに思わず吹き出した。
「銀さん、お父さんみたいですね」
「誰の頭がねじれ曲ってるって?」
「言ってません」
数日の間だけれど、銀さんの人柄にとても落ち着く。しばらくして、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「ま、暇があったらいつでも遊びに来いよ。依頼だったら尚更歓迎だぜ」
「え、いいんですか?私なんかが」
「なんかってなんだよ。ンな謙遜することねーて」
これもまた私の人生の話になるが、こんなにも懐広く受け入れてくれる人は初めてだったので、ほとんど仕事関係でしか人付き合いしてこなかった私は戸惑うばかりだった。男の人ってこんなにも距離感を詰めてくるもんなの?返答に困っているのを見かねた銀さんが首を傾げた。
「え?そんなに難しい話?つかなんでそんな赤くなってんの」
「あ、あか、いですか?」
「さっきも赤くなってたのってそういうこと?」
ことの経由と私の性格を見透かした銀さんは、再びため息をついて、面白そうに笑った。
「今どきの若い子はそんなに距離を詰めるのが早いんですかね」
「若い子って、名前ちゃんも十分若いでしょーが」
「いや、私なんてもう中身おばさんですから」
「確かに仕事ばっかやってたし経験値はババアだよな」
「んなっ!」
「こりゃ重症だねぇ。名前ちゃん」
ニヤニヤとこちらを見る銀さんにちょっとムカついて肩を震わせた。絶対からかっている。
「銀さんはナンパじゃないけどォ。男の口説き文句には気をつけろよー」
「分かってます!」
何故か照れくさくなってその場から逃げると、銀さんは笑いを堪えたように肩を震わせていた。ムカつく。絶対銀さんに負けないくらい経験値上げてやる。そんな相手なんかどこにも居ないけど。さっきの沖田くんのことが何故か頭に浮かんだ。沖田くんか。沖田総悟くん。あの端正な顔が脳内に浮かんでぶんぶんと頭を振った。絶対無理。あんなイケメンとお近付きになるなんて。私がレジを精算していると、店内からご主人達が出てきて銀さんとお話している。しばらくして銀さんが立ち上がった。
「ごっそーさん」
「ありがとうございました」
「ま、頑張れよ」
「はい。あ、これ新八くんと神楽ちゃんに」
「いーつったのに。そんな気ィ使わなくて」
「私の気が済まないので」
「ほんっとババア見てぇに頑固だな」
「一言余計です!」
「へぇへぇ」
そう言いながらも受け取ってヒラヒラと手を振り店を出た銀さんを見送る。なんだか不思議だ。銀さんと話していると男の人だって緊張しなくて。同期たちは今頃彼氏とデートかぁ。今まで何とも思わなかったのに、少し、羨ましいなんて思ってしまった。