1話。

第一印象は少し大人びた真面目な好青年だった。目標に向かって真っ直ぐ進む頑張り屋さんな子。

思わず応援してしまいたくなるような子。

手元の資料を見て顔写真と共に記載されたデータとその名前。──市川レノ

数年務めてきた防衛隊から何人もの隊員を見てきたけれど今回の新人は個性的な人ばかりだった。かくいう市川くんの同期のみんなも強い信念を持って入隊してきたと思われる。だけど、この子だけはどうしてか目で追ってしまうようだった。

初めて見た時はそう、入隊試験の日。
そして初めて言葉を交わしたのは、入隊前の日。


「よろしくお願いします」


それが彼との初めての会話。


────────


「李灯ちゃん、今回の隊員も頼むわ」
「はい。既にデータはいただいてるので、簡単な測定が終われば大丈夫ですよ」
「さすが仕事が早いなぁ」


医務室兼書斎として使っている私の部屋へやって来た保科副隊長へ書類を渡す。


「今週末に朝9時からです」
「助かるわ。他の怪我人も見なあかんのにすまんな」
「いえ。お易い御用ですよ」


医療班班長として、今回入隊する隊士の健康診断を行う予定だった。事前にもらった隊員達の資料を含めて確認作業をしていた中で保科副隊長はその細目をまた垂れさせて笑う。いつも愛嬌のある笑顔で話しかけてくれるけれど今回の新人隊員の話をする時には更に楽しそうに話す。よほど気に入っているのだろう。


「保科、来週の試験の打ち合わせをするぞ。李灯も来てくれないか」
「亜白隊長。分かりました」
「もうそんな時間かいな」


他に作成した書類も一式まとめて立ち上がる。


「これ今李灯ちゃんからもらった書類や」
「忙しいのにありがとう。すぐに目を通しておくよ」
「いえ…!他のデータも整理しておきますので、!」
「そっちの情報は急がないから気にするな。無理は禁物だ」
「そうそう。ほんま助かってんねんから自分に自信持ちや」
「…亜白隊長も保科副隊長もお忙しいのにお気遣い感謝します」


第3部隊に配属になって、実際隊員たちとすごく接点があるわけではない。もちろん隊員達同士が1番会話も活動内容も目指すものも関わりが深いから、正直出動部隊にはその世界があると思っていて、私は医療班の中でも処置はもちろんだがデータ管理や隊員の健康チェック、他に怪獣の研究も密かに行っている。これは私の知識を買って任せてくれた亜白隊長や保科副隊長からのお願いでもある。なので基本的には個人行動ばかり、この書斎兼研究室に篭っていることが多くて、あまり外を彷徨かない。
そんな私にも2人はよく声を掛けてくれて、気軽に話してくれる。たまにオペレーター部や他の隊員も見かけたら笑顔で挨拶してくれるし居心地がいい部隊だ。


「入隊試験、楽しみやなぁ」


隣で呟いた保科副隊長の言葉に私も胸の中で不思議と楽しみになっていた。





だけど予想外の出来事が起きる。
試験中現れた怪獣の反応。オペレーター室で共に見学していた亜白隊長と保科副隊長が出動して私は負傷した怪我人の処置に回る。そんな中、重症だった四ノ宮キコルを集中治療室へ運び、防衛隊が持つ最善の力を屈指して手当てした。


「四ノ宮の容態はどうや?」
「今は脈も安定しています」
「そか。さすが李灯ちゃんやな」


様子を見に来た保科副隊長と話をしていると、しばらくしてゆっくりと目が覚めた四ノ宮さん。


「気分はどう?」
「…はい、少し痛みますが、」
「点滴で鎮痛剤を入れてるから少し和らいでると思うわ。後は安静にしてたら良くなるから」
「ありがとうございます、」


ゆっくり起き上がろうとする四ノ宮さんを優しく背中を支える。

「あの怪獣を倒したのは四ノ宮か?」
「……はい。私が倒しました」


考える素振りを見せた保科副隊長。
それに私にも疑問点や不信な点はいくつかあった。
だけど副隊長もそれ以降追求することなくこの件は一先ず落ち着き、入隊式への準備に移る。





隊服に身を包んで並ぶその顔触れは試験にいて副隊長も注目していた子ばかりだ。
色素の薄い髪の彼も無事にそこにいた。
私はひっそり端の席に座って亜白隊長の言葉を聞く。
途中参加してきた日比野さんと新たなイベントが発生しながらも、保科副隊長が前に出て場を締めくくる。


「じゃあ、1週間後に定期健診をするから、体調管理を整えておくように」


その副隊長の声で解散となった。
それから1週間後の定期健診。
1人ずつ身体測定も主だけれど、その後のデータ化してそれぞれの筋力などのチェックも可能となる。


まず違和感を覚えたのは日比野カフカだった。採血による検査の結果、少し遺伝子に変化があった。怪獣の研究もしている立場の私は確信はないけれど可能性は感じていた。そう、試験の時に思った違和感、不審な点。

でも、訓練中の彼の真剣さ、他の隊員からの慕われる人柄、その日々の行動を見ていれば誰にも言うことはできなかった。


「食事量や睡眠にも問題はないですか?」
「はい!特には」
「そうですか。もし何かあれば伝えてくださいね」


話していても分かる。善良を集めたような人。太陽のような人だと思った。だから一先ず自分の中でしまい込み、もし確信ができたら、その時に考えよう。
手元の資料を捲り、次の名前を呼んだ。


「よろしくお願いします」


市川レノくんとの初めての会話はそれだった。



「入隊して1週間だけど、体調面は問題ない?」
「はい」
「分かりました。検査結果も今のところ異常ないので何かあればすぐ言ってくださいね」


検査結果の資料を見て問題がない場合、特にそれ以上こちらから伝えることはない。次の隊員に進もうと思っていた中、市川くんはその綺麗な姿勢のまま少し前のめりに質問を投げかけてきた。


「あの。自分はもう少し瞬発力を上げたいのですが、どのトレーニングが適してますか」
「え?」
「この前四ノ宮に体力調整のアドバイスしてましたよね。俺にも分析可能でしょうか」



この子、人の事よく見てるな。驚くと同時に素直に市川くんの向上心に関心を抱く。目指したいもの、なりたいものに真剣に取り組むその姿勢にこの時から私は何故だか心打たれていたのかもしれない。


「市川くんは年齢的にもまだ成長期だから、いまの基礎トレーニングでも身体能力は伸びるはずだよ。あとは、左足に力が寄っちゃうからバランス力で筋肉の分散を意識したらいいと思うよ」
「……ありがとうございます!」


先程からずっと真剣な顔でいた表情とは打って変わってぱっと花が咲いたように綻んだ彼に、不覚にも胸が高鳴る。なんだろう、だめだめ。こんな気持ち。


「応援してるよ」
「はい!」


笑顔で退出した彼の背中を見つめた。
頑張ってほしい。それだけ。それだけの気持ちだから。





それからすぐに訓練は始まった。保科副隊長の厳しい訓練にもみんなしっかりついていっている。四ノ宮さんの様子を確認に来たけれど、やっぱり一際目に入ってしまったのが彼、市川レノくんだ。



「おぉ。どないしてん李灯ちゃん」
「はい。四ノ宮さんの処置後観察で」


訓練場を上から見る中、今は射撃訓練で丁度市川くんが銃を打っていたところだった。
全て外すことなく的確に的に当てている。それに全身の身のこなしも先日私がアドバイスした部分が既に克服されているようだった。すごい、こんなに成長が早いなんて。


「李灯ちゃんが気になるなんて珍しいな」
「え?」


保科副隊長はニコリと笑ってまた下を見た。


「彼、新入隊員の中ではトップクラスの成長スピードや。技術面の順位は李灯ちゃんも知ってると思うけど伸び代があるのは市川レノやな」


見透かしたかのように再び私を見られて何だかむず痒くなった。気になってはいるけれど何故かそんな面白い感じに捉えないでほしい。


「応援したくなるって感じです。……あ、あまり変な感じにしないでください」
「ははっ。そりゃ良かったわ。李灯ちゃんのファンが泣くからな」
「またからかって……!」
「いやほんまやって」


笑う保科副隊長に背を向けてバインダーと書類を持って下へ向かう。


「ほな外周回って今日は仕舞いや。四ノ宮、経過観察があるから終わった後来てくれるか」
「は、はい!」


外周が終わる頃に下へ向かった。みんなは防具を外し帰り支度をしている途中だった。もちろん、その中に市川くんもいるのだけれど。
私の顔を見て四ノ宮さんが駆け寄る。


「李灯さん!お待たせしました!」
「ううん、上がりなのに時間とってごめんなさいね」
「い、いえ!そんなことないです!」
「ありがとう。すぐ終わるから、そこに座ってもらえるかな」


私の声に従って椅子に座った彼女の腕をとる。


「うん、筋肉も血圧も安定してるね。あとは傷を庇うようになるのが癖になっちゃうから、それが無くなるように重心強化に努めてみて」
「はい!ありがとうございます!」

書類とデータを見ながら伝える。四ノ宮さんは目を輝かせて頷いた。


「おうキコル。体調は順調に回復してるみたいだな」
「ええ。まぁ完全体じゃない私より下なんだからあんた達はもっと頑張りなさいよね」
「コノヤロウいちいち一言多いんだよ!」
「ほんっと可愛げがねえな!」


通りかかった日比野さんや古橋くんが声を荒らげる。私と話す時はいつも犬のように駆け寄ってくれるから可愛いなとは思っているけれど、こうして年上を煽る四ノ宮さんもわいわい騒ぐ光景は見ていて楽しい。今年の新人はみんな仲がいいなぁ。
救急箱を片付けながらクスクス笑ってその光景を眺める。

「じゃあ、私も戻りますね。皆さんお疲れ様でした」
「お、お疲れ様でした!」


打って変わって四ノ宮さんが綺麗に頭を下げる。
なんだかんだ礼儀正しい子だと思うな。他の隊員には当たり強いけど。


「杜鵑さん、可愛いよなぁ」
「あぁ、亜白隊長とはまた違った美人だしな」


レノの隣でうっとりと呟く伊春。それに賛同するハルイチやアオイと頷くカフカ。


「いつもニコニコしててよぉ、話す時も挨拶する時も笑ってくれるし、ほんとあの人見ると疲れ吹き飛ぶんだよなぁ」
「ま、こういった暑苦しい場所には貴重な人種だな」
「あれですげぇ仕事できるんだもんな。頭上がらねぇよ」
「亜白隊長と同じくファンも多いらしいぞ」
「キモ……あんた達杜鵑さんに迷惑かけんじゃないわよ!」


再びキコルと言い合いになる伊春達を隣で一瞥して、レノは去っていく李灯の背中を見つめていた。









「2人とも声でかい!」
「かい、じゅう…?」
ぽかんとしたように見つめる芹沢。
「あ、えと!それは…」
「日比野さんのことかな」
「え」
驚かない様子の彼女に今度は3人がぽかんとした。
「場所、変えた方が良さそうかな」
彼女の計らいで場所を変えた
「えと、芹沢さんは気づいてたんですか」
「健診からずっとね。私、怪獣の分析もしてたから、日比野さんの遺伝子細胞に少し違和感があって」
「おおおねがいします!このことはどうか内密に!!」
「ちょ、先輩!」
「なにやってんのよ日比野カフカ!離れなさい!」
芹沢さんに飛びつく先輩を四ノ宮と引き剥がす。何故か彼女には安心感があった。ここまで落ち着いて俺たちに話をしている。本来ならば隊に報告して先輩はもういないはずなのに。彼女はきっと誰にも話していない。分かっていたのにも関わらずどうして。
「確信は無かったから、っていうのが前提にはあるけど、私は日比野さんを危険だとは思えなかった」
「…え」
「今だってそうです。こうして2人ともあなたのことを守ってる。例え怪獣だったとしても、あなたを大切に思ってる人がいるから」
「べ、別にこんなおっさん大切だなんて!」
四ノ宮は少し照れながらそっぽを向いたけど、先輩は驚いたように笑った。
「もちろん正直悩みました。だけど今ちゃんと日比野さんと話して、思いました」
考えるような素振りを見せる芹沢さん。長いまつ毛が影を落とす。どこか過去を思い描くように。
「やっぱり怪獣のことは、きっとよく思わない人はいると思います。受け入れてくれるとは思えません。それが防衛隊なら尚更」
真っ直ぐ見つめる彼女に先輩も俺も息を飲む。
「でも、私は日比野さんを信じたいって思ってます」
背を押すように、微笑んだ彼女に見とれた。
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げた先輩に続いて俺も頭を下げる。
「か、顔を上げてください!そんな大したことじゃ……」
「いや、なんか頑張ろって思えた。俺防衛隊に入ってよかったわ」
怪獣も人間も、共存できる世界だったら。そう誰かが言っていた。怪獣が悪なのか人間が善なのか、そんなこと誰にも分からない。ただ、誰も傷つかない世の中になればと考えるだけは許して欲しい。
「ただ、日比野さん怪獣のコントロール」

「ただ、日比野さん。」

李灯は少しだけ表情を引き締めた。

「怪獣の力を完全に制御できますか?」

その質問にカフカは黙る。

「……正直、まだ。」

「暴走する可能性は?」

「ゼロじゃないです。」

レノは隣で拳を握った。

その答えは重かった。

しかし李灯は責めることはしない。

「分かりました。」

静かに頷くだけだった。

「なら、一つだけ約束してください。」

「約束?」

「誰かを守るため以外には、その力を使わないこと。」

「そして。」

「少しでも異変を感じたら、必ず私か市川くん、四ノ宮さんに相談してください。」

「一人で抱え込まないで。」

カフカは驚いたように目を見開いた。

「……俺を、信じてくれるんですか。」

李灯は小さく笑う。

「信じる、じゃなくて。」

「信じたい、かな。」

「それに。」

少し照れたように頬を掻く。

「私、人を見る目には少し自信あるんです。」

その笑顔に、三人とも言葉を失った。



「杜鵑班長。」

レノが静かに口を開く。

「ありがとうございます。」

「ん?」

「俺も……先輩を守ります。」

李灯は少し驚いてから、嬉しそうに笑った。

「うん。」

「よろしくね、市川くん。」

その笑顔を見た瞬間。

レノは胸が少しだけ熱くなる。

(……まただ。)

最近、杜鵑班長に笑われると。

胸が落ち着かない。

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