→OfficeLove。U


※続き。


人を好きになればそれはもうあっという間に気持ちも増すし、時には心なんて無くなってしまえばいいなんて、沈んでしまうこともある。




あれから、一緒に帰った日から助けてもらったお礼もしなければと、今日は腕によりをかけてお弁当を作ってきた。観音坂さんへ。と一言メッセージを添えて、可愛い猫のナフキンで包んだ自信作だ。

観音坂さんはよく仕事に追われているからコーヒーと軽食や10秒でチャージできるやつで済ませているので自分なりに栄養も考えて作ったつもりだ。ついでに一緒に食べたいな、なんて思いながら昼食を告げるチャイムが鳴り、彼の姿を探す。営業に行ってからまだ戻ってきてないのだろうか。デスクにはあの赤い髪はいない。



「ねぇ早くご飯食べに行こうよ」
「今日は天気がいいから中庭とかいいんじゃない?」


いつも一緒にお昼を食べている決まった同期達がそれぞれ昼食を手に持って私を呼ぶ。


「...あれ、君ってそんなに食べる子だったっけ?」


他にも少し上の先輩達がお昼を誘ってくれたのだが、私が持っている2つのお弁当を見て不思議に聞いてきた。


「えっと、...先約がいて」
「先約...?珍しいね」
「でもそれならしょうがないよね」
「うん。そうだね。残念だけどまた誘うわ」
「ごめんなさい...ありがとう」


約束なんてしていない。もしかしたら断られるかもしれない。自分で言っててだんだん不安になってきたけれど、やっぱり観音坂さんに会いたくて、話したくて彼らには着いていかなかった。申し訳ないけれど、頭を下げてその場から離れた。



別に連絡先を知っているわけでもないので、地道に会社内を歩いて探す。かれこれ数分が経つので、1時間ほどしかないお昼休憩が削られていってやっぱり社内にはいないんじゃないかとだんだん不安に駆られていく。

手の中にあるお弁当を見つめてため息を零した時だった。


「...うわ...一二三のやつまたこんな弁当を...」


とある小さな休憩スペースのベンチから微かに胸を高鳴らす声が聞こえて顔を上げた。


「...観音坂さん...!」


赤い髪が見えて私は急いで駆け寄ったのだけれど、彼が手に持っていたお弁当を見て、足を止めた。


「...それ...」


色とりどりに詰められた綺麗なおかずたち。手の込んだ美味しそうなそれはどう見ても自分で作ってきたとか思えないもので。なにより観音坂さんが気まずそうに一瞬で蓋を閉めて隠した行動が私にとってそういう存在がいることを証明してることになるんだと思い知らされたみたい。一気に身体が固まって心臓が苦しくなるのを感じた。


「...あ、えと、これは...違」


彼女さん、...いたんだ。そんな人にもう渡せない。こんな、控えめに言っても、私の下心が込められたこんなものは。逃げるように立ち去ろうとすると、思いっきり誰かにぶつかった。


「おっと...あれ、君、今日は先約がいたんじゃ...」
「ごめんなさいっ...!」
「え?ちょ、なんか落としたけど...お弁当...!」


同期の子が不思議そうに背を向ける私に声をかける。ぶつかった拍子に落としたお弁当を拾おうとすれば、もう1つしゃがみこむ私の上に影が伸びた。


「...だ、大丈夫...ですか」
「...っ...」


優しい人。優しい声。大好きな声なのに。観音坂さんのその声が余計に私を苦しめるのだ。

心配して近寄ってくれる。だけど私はもう限界だった。目頭が熱くなっていて、このまま顔を上げれば涙を見られる。少し遠い位置にある気合を入れて作った私のお弁当は諦めてその場から逃げた。



あっけなく終わってしまったと思った。人生で初めて、こんなにも素敵な人がいるなんて思ったこと無かったのに。
そりゃそうだよ。観音坂さんだって、もういい歳だし、相手がいてもおかしくない。あんなにカッコイイんだし、優しいし。それでも、私だけが知っているなんて自惚れだったのかな。観音坂さんが私以外の女の子と話してるのなんて見た事なかったから。何を期待したんだろう。自分が嫌になるくらい恥ずかしい。


昼食休憩が終わり、事務室へ戻る。まだ全員は戻ってきてないし、観音坂さんの姿もないなんて思っていると、近くで先程の仲の良い同期達が話しているのが聞こえた。


「さっき観音坂さんが必死でお弁当食べてたの!」
「え、観音坂さんっていつもコーヒーとかしか食べ物食べてるとこ見たことないんだけど」
「でしょー?だから私もびっくりしたんだけどさ、それがめっちゃ可愛い猫のナフキンのお弁当だった。意外すぎない?彼女かな?」
「...え...」


猫のナフキンって...まさか。ね。確かにあの場所には置いて行ったけれど、私が落としてしまって、ほとんど中身は散らばって食べれる状態じゃないはず。きっと、...きっと、そうだ。


「あ、おかえり〜!あんたが先約なんて珍しいけど、その人と食べれた?」


全く。寧ろ最悪の結果で終わったけれど、そんなこと正直に言えるわけもなく、笑って誤魔化した。


「...そういえば、あんたも猫が好きだったよね。可愛い感じの、ゆるキャラみたいな」
「あー!言われてみれば観音坂さんのと似てるかも」
「...ま、まさかあんた...」
「...え...?!そんなこと...」


ない。...ないよ。

恋という気持ちは終止符を付けられるとこんなにもどん底へと沈むんだ。忘れてしまおう。何も無かったように同期達に笑顔で接し、仕事へ戻った。

それからの時間は地獄のようにゆっくりだった。あんなに観音坂さんのことをどこにいたって盗み見していたのに、一切目も合わさず、終いには廊下にいたら逆方向へ遠回りするほど、避けてしまっている。それがいつしか数日間続いた。

毎日毎日、楽しかった職場なのに。私は彼のことを忘れるように仕事へ没頭した。書類をまとめて他の部署の元へ運びに行く。


「...あの、」

その声だけで沈んだ気持ちさえ愛おしいと思わせるのだから怖い。
自分から避けているのに、やっぱり1番聞きたかった声だから煩くなる心臓に、収まれ、もう終わったんだからと言い聞かせて気付かないふりをする。
振り返らず進もうとすれば手首を掴まれた。


「...待って!どうしても、話したくて」
「...」

手が震えた。嬉しいなんて思っちゃダメだ。ダメなんだ。それに気づいたのか観音坂さんはパッと離して慌てだした。


「え、えと!すいません!俺みたいなやつが引き止めるなんて頭が高いですよね手なんか掴んで嫁入り前の大事な身体に触れるなんて言語道断っていうかもう土に埋められた方がいいですよね生きる価値ないんで俺なんかすいませんほんといっぺん死んでくるんですいません」


思いっきり傷付いた表情をしながら頭を下げる。彼の綺麗な顔が青ざめていくのを見て胸が今までの何よりも傷んだ。違う。こんな顔をさせたい訳じゃないし、彼は何も悪くない。


「あの目も合わせてくれなくてもいいのでというかいつも俺なんかに声掛けてくれただけ奇跡っていうか特に何も意味なんか無かったって分かってるんでだから前みたいな感じになってくれていいので」


口早に言ったその言葉は、私の心に深く刺さって、そこで私は自分のやっていた過ちに気づいた。自分の感情の都合で彼を避けて、傷つけて、最低なことをしていたんだ。

振り返って、観音坂さんの顔を上げさせる。そして私は盛大に首を横に振った。


「違うんです...!観音坂さんは何も悪くないんです...!私が...私がいけないんです...!ごめんなさい...」


彼の左手に両手を伸ばして包み込んだ。震えながら、涙を堪えながら精一杯謝罪の言葉を伝えた。


「...い、いや...俺の方がすいません...」
「...観音坂さんが謝ることは何も無いです」
「...あります。...お弁当、一生懸命作ったんだなって、ちゃんと伝わりました」
「...え、」
「今まで食べた中で一番...美味かったです」
「た、食べたんですか...」



右手を首の後ろに持って行って、視線をさ迷わせながら、観音坂さんはやがてこちらを見た。


「...俺のために、作ってくれたんですよね。食べないわけないじゃないですか」
「で、でも...!落としてしまったので、中身はぐしゃぐしゃに」
「食べれます。例え地面に落ちてたとしても俺はあなたが作ったものなら絶対に食べます」


真っ直ぐ私の目を見据えて伝える彼の瞳はやっぱり綺麗で、そしてかっこいい。そんな観音坂さんを見れば、閉まっていた気持ちが溢れ返って、もう、このまま零れ落ちそうになる。

観音坂さんは少し視線をずらして、続けた。


「勘違い、です」
「...え...?」
「...その、あの弁当は俺の同居人、が作ってて...あいつ馬鹿だから毎回手の込んだやつを作るからほんと、恥ずかしくて」
「同居人...って、でも、」
「ほ、ほんと、勘違いしないでください、男なんで...幼馴染みで」
「...そうなんですか...なんだ」


全部自分の早とちりだった。観音坂さんが、ほっと胸を撫で下ろしたと同時に、私も安心と罪悪感が襲ってきた。だけど、彼はそんな申し訳なさそうにする私を消し去るかのように微笑んだ。


「...嬉しかった」


照れくさそうに、少し笑いながら、私の大好きな声でそう言った。


「...俺のために、ありがとう」



世界が一瞬で輝いた。こんな光景は私が彼に恋をした時と同じだ。

ありがとうなんて、言われる筋合いはない。むしろ、私の言葉だ。助けれくれたお礼だったのに、また感謝してもしきれないほど彼に救われている。


空っぽになった私の弁当箱を返された。
本当に美味しかったですと言われ、そして私が好きなチョコレートのお菓子を渡された。


「...これって、私が好きなやつ...どうして」
「え、と、...俺からのお礼の気持ちっていうか、」
「...そんな...!申し訳ないです!これ...少し値段も高いやつですし...!」
「いやいやいや!!ほんと!もらってください!!!むしろそれだけですみません!!!」


という押し問答もあったが、それは私がずっと食べたかった期間限定のチョコレートだったし死ぬほど嬉しかったのも事実。頬が緩んでしまいながらありがとうございますと言えば、観音坂さんは、やったぞ一二三、ありがとう…なんてガッツポーズをしていた。



どうしようも無いくらい。好きだと気付く。
この気持ちは、もう二度と消えることは無いだろう。


家に帰って、綺麗に洗われた弁当箱を開ける。すると、そこには1枚の紙切れが入っていた。
誰からなんて、言われなくても分かる。綺麗な、だけど男の子らしいクセのある字。


─連絡、待ってます。
観音坂独歩


連絡先が書かれていて、たったそれだけ。

そんなの、ずるい。連絡しないわけないじゃないか。同じオフィスだけれど、こうして仕事以外でも繋がれていることに幸福感で溺れそう。直ぐにポケットからスマホを取り出す。震える指で連絡先を登録して、メッセージ画面開いた。


登録しました。よろしくお願いします。という社交辞令みたいな文章。しばらくして、返ってきたのも、連絡ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。なんて、顔文字も絵文字もないものだけど、それも彼らしいと笑っちゃうから自分のこの気持ちはもはや重症だと思う。


好きの気持ちなんて、そんなふうに些細なことで沈んでしまっても、たった一言で、やっぱり好きだと不死鳥の如く甦れるのだから不思議で、尊いものだと思う。



───次は、一緒にお昼ご飯食べましょう。


明日も出勤して会えることに、私は心から幸せを感じた。





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