「おはようございます」
「みょうじちゃん、おはよう」
「原田先輩おはようございます…」
「朝からそんな暗い顔してどうしたの?」

昨日は久々の女子会ということもあり夜遅くまで遊んでいたせいで少し寝不足気味なはずの私は何故かいつもより早く目が覚めてしまい、いつもは適当に済ますはずの朝食をしっかり食べた。
余裕をもって家を出ることが出来たため通勤ラッシュからズレた電車に乗れたので久々に座って通勤した。
その上、普段は外まで続くんじゃないかって思うぐらい並んでいる会社のエレベーターも待つことなく乗ることが出来たのだ。

小さな良いことが続きすぎて今日この後良くないことが起きるのかもしれない。とか、明日交通事故にでもあうのかもしれない。とか、くだらないことを悶々と考えながら「少し寝不足で…」と答える。

「そっか。無理しないようにね」と笑った先輩は天使に見えた。



*



それから午前中の仕事は何かと先輩が気にしてくれたおかげでいつもよりかなりスムーズに仕事を進めることが出来ていた。
やはり先輩は天使だと思う。

お昼休みになりお昼ご飯も早々に食べ終えた私は人が少なくなったオフィスでスマホを取り出しお気に入りの瀬名さんフォルダの写真を眺めていた。

オフィスということもあり、気を抜くと上がりそうな口角を完全なポーカーフェイスで隠し一枚ずつスライドしているとブブブッとスマホが震え画面の上部に表示された名前にドキッとする。

『瀬名さん:明日ひま?』

これは何かの見間違いだろうか。
今日はいいことがありすぎて脳が勝手に作り出した幻覚じゃないだろうか。
なんて思いながらもソワソワしながら画面を開く。

それは間違いなく瀬名さんからのメッセージだった。

明日は土曜日で仕事もなければ人と会う約束もしていない。強いて言うなら部屋の片付けをして借りてきた新作のDVDでも見ようと思っていたぐらいで、瀬名さんに暇かと聞かれれば間髪入れずに暇だと返せるレベルの予定しかなかった。

逸る気持ちを抑えながら返事をうっていると、ブーブーとスマホが震えだす。
画面を確認すると瀬名さんからの着信だった。

メッセージでのやり取りは昔からよくしていたが電話がかかってきたことなんて滅多にない。
急いで廊下へ飛び出し人気のない非常階段まで来ると大きく息を吐き震える指先で通話ボタンを押した。

「もしも、」
『遅い』

耳に当てたスマホから聞こえる瀬名さんの声は、毎日のようにテレビや音楽プレーヤーから聞いているはずなのに電話越しはまた変わった感じに聞こえて緊張してしまう。

「すみません」
『既読がすぐ付いたからひまなのかと思って掛けたんだけど今忙しかった?』
「いえ、ちょっと移動してたら時間がかかってしまいまして…大丈夫です!今はちょうどお昼休みなので!すごく暇です!」
『そう』

瀬名さんも仕事場から電話を掛けてきているのか遠くでザワザワといろんな人の声がしている。

「瀬名さんもお仕事中ですか?」と尋ねると『今は休憩中。あ、煩い?』という返事と一緒にパタンと戸が閉まる音がすると彼の声がよりクリアに聞こえるようになる。

「お仕事お疲れ様です」
『ありがとう。それで、明日なんだけど』
「暇です!一日!!!』

くい気味にそう答えれば電話の向こうでふっと笑う声がした。

『じゃあ付き合ってほしいところがあるんだけど』
「行きます!何処へでも!何処までも!!!」
『もう少し落ち着きなよ』

またしてもくい気味に答えた私を宥める瀬名さんは笑いを堪えているのが電話越しでもわかる。
困ったように眉を下げているのか、少し眉間にしわを寄せてムッとしているのか、呆れたように優しく笑っているのか、声だけではわからない向こう側がもどかしくて仕方ない。

「…顔が、見たいです」

つい声に出してしまった。
恥ずかしくて慌てて否定しようと口を開きかけた時、電話の向こうでガチャっと音がして最初の騒がしさが戻ってくる。

「あの、」
『セッちゃん準備できたって〜って電話してた?』
『すぐ行くから先に準備してて』
『了解〜』

少し遠くてわかりにくかったが、きっと凛月くんが呼びに来たのだろう。タイミングが良かったとほっとする。

「すみません、忙しいのに」
『電話の方が早いと思ったし声聞けたからいいよ。時間と場所はまた連絡するから明日楽しみにしてなよ。俺も楽しみにしてるから』

瀬名さんは矢継ぎ早にそう言うと私の返事も聞かずに電話を切ってしまった。

『楽しみにしてるから』そういった瀬名さんの優しい声を頭の中で何度も繰り返す。
単純な私はこの一言で顔が見れない寂しさなんて吹っ飛んでしまうのだ。

ああ、やっぱり今日は良いことがありすぎる。
午後は死ぬ気で働こうと決意した。

Back