01



「この世界にいると人間のクズばっかと出会うから安心します」


一つ下の彼が珍しく深酒をした席で、そう言った。

いつも張り付けたような笑みを浮かべて、組織の幹部として任務を行なっている彼だが、その時だけは無表情で、おそらくこの言葉は本心で言ったのだろう。


「安心って……」

「いえ、今の発言は忘れてください」


もう一度見たときには、彼もう張り付けたような笑みを浮かべていた。

彼の名は花宮真。優秀な潜入捜査官だ。





▼ ▼ ▼





花宮が警察になったのは、賭けに負けたからというふざけた理由だった。

大学生時代に霧崎の元レギュラーメンバーで集まって、最下位になった者には1位の人が決めた所に就職してもらうという内容のマリカーをやったのだ。

花宮は途中まで1位だったのだが、青甲羅をぶつけられ、3回連続で赤甲羅をぶつけられ、運悪く緑甲羅にもあたり、最後はキラーとスターに轢かれ、最下位になった。CPUがいた中での最下位だ。見事な転落っぷりに一緒にいた4人は爆笑した。花宮は唖然としていた。

そして、その時のレースで1位だった原は警察官になってと言い渡したのだ。

原と花宮以外の3人はドン引きした。何故ならあの花宮である。人の不幸は蜜の味を公言し、高校時代はラフプレーに勤しみ、人の絶望顔を見て楽しんでいたくらい性格が悪いのだ。

そんな花宮が警察官なんてやばいくらいに似合わない。

当然ながら花宮は嫌がったが、残念ながら賭けは絶対。我らがキャプテンでもそれは変わらない。

途中でわざと試験に落ちる事も出来た。しかし、プライドの高い花宮はそうせず、国家公務員総合職試験に1発で合格して、猫被りを駆使して警察庁に見事採用され、警察学校は当然のようにすっ飛ばして警察大学校まで行き、優秀な成績を収めて、見事キャリア組として警察官になった。

性格が悪いこと以外は優秀で運動神経も良く、天才的な頭脳を持っている花宮が途中で落ちる訳がなかったし、そこら辺の一般的な警察官で収まるわけがなかった。

そんな花宮は警察庁警備局警備企画課に配属された。簡単に言うなら公安である。

流石の原も、これには予想外だった。

花宮のことだから、さっさとどっかの部署のトップになって、署内を掌握し、悠々自適に暮らすと思っていた。それがまさか公安になり、連絡がつかなくなるとは……

だって、何回も言うが花宮は超がつくほど性格が悪い。かなり悪い。ものすごく悪い。なのに公安に配属されるなんて人事担当の人の目は節穴すぎるのではないだろうか?

もちろん、花宮が公安に配属されるにあたって、花宮の素性は調べられていた。悪童の悪評も当然出て来たが、調べた者はそれを嫉妬によるものと考え、特に問題視しなかったのだ。対戦記録までは調べても、中高合わせて100回は越しているだろう各試合の内容まで見る時間なんてないし、そこに怪我人が出てるなんてわざわざ調べる暇もない。

こうして優秀な頭脳を買われて公安になった花宮は、今公安を悩ませている黒の組織に潜入することになった。

すでに1人潜入しているが、一向に捜査に進展がないので、補助要員的な扱いで入ることになったのだ。

当然最初は花宮は組織の下っ端だった。バーボンとの繋がりを見せると後々何があるかわからないので、全く関係ない別方向からの潜入……研究員として潜入していたのだ。

花宮はあくまでも補助要員。それで十分だった。ちょっと困った時に、思ってもみないところからサポートする。それが役割だ。

けれど、花宮の頭脳がただの研究員で収まるわけがない。

研究員になって、すぐに成果を出して、いなくなったシェリーの研究まで受け継いだ。

そして、組織に潜入してから約1ヶ月。

花宮はAPTX4869の再現に成功した。

しかも、なんのデータも見ず、完成された薬から成分を分析して完成させている。

あくまでも再現ではあるし組織の目的にはまだまだ程遠いが、それでも今までシェリー以外に作れなかった薬だ。

さらに、毒薬と解毒薬はセットだろ、との考えのもと、こっそり解毒薬も完成させている。

解毒薬のことは組織に隠してあるものの、APTX4869を作れる花宮が放っておかれるはずもなく。


「今日からお前はウェルシュだ」


見事コードネームをもらい、幹部入りをしたのだった。

これには公安も大慌てだ。

研究員で名をあげるまではともかく、コードネームまでもらうのは流石に予想外すぎたし、そこまで出来ると思ってなかった。なりより、コードネームをもらって幹部入りまですると、サポートどころじゃなくなってしまうからだ。

さらに、優秀な研究員をもう逃したくない組織から、花宮には監視がつくことになった。組織に反抗的なわけではないので、監禁まではいかないけれど、それでも行動は制限される。

これでは、任務の報告をすることすら難しい。

こうして、囚われの姫()的な存在になった花宮は警察の誰とも接触することなく、組織で生活をし続けた。

事態が進展したのは潜入から3ヶ月後。

組織内で生活するにあたり、消耗品は出てくる。今回はその消耗品の買い出しに、バーボンが護衛兼監視役としてついていくことになった。ここでようやく花宮はサポートするはずだった公安の人間と接触できた。

といっても、花宮はなにもしていない。

新人の警察官が孤軍奮闘していると思った降谷がそれはもう頑張って怪しまれないようにしながら護衛兼監視役を立候補したのだ。

こうして情報交換ができるようになった花宮は、公安にはAPTX4869とその解毒薬を作ったことを話した。ついでに、APTX4869で幼児化した人がいる可能性を話し、毒薬と解毒薬の両方を渡して、残りの対処を後半の方に丸投げした。

花宮的にはAPTX4869は他人の作ったもので、これ以上の興味が湧かなかったのだ。なにより、他人の続きなんて花宮のプライドが許さなかった。組織には、APTX4869はこれ以上研究しても未来はないと伝え、研究を打ち切りにしてある。

代わりに毒薬をいくつか作っているのだが、こっちは公安には内緒だ。内容が内容なので、言うつもりはない。

ちなみに組織にはマッドサイエンティストっぷりを見せるために言ってある。

降谷のフォローと、花宮の演技力で組織から逃げることはないと見事思い込ませることに成功し、今ではGPSつきの腕時計さえつけてれば自由に動けるようになった。

しかしながら花宮は普段はガチで研究しており(普通にそれを楽しんでる)、出かけるのはそれこそ日用品を買いに行く時か、好きな作者の本の新刊を買いに行く時、それに見せかけて任務の報告を警察にする時だ。

警察側からは潜入を頑張っていると思われて、組織側からは研究を頑張っていると思われている。

関わる全ての人の目を欺いて、花宮はただ、自分のやりたい事をやって生活していた。





———コナン死神に出会うまでは。