よく誘拐される花宮くんのお話
それは、ある日の朝練時のこと。
「花宮来ないねー……」
原が心配そうに言う。
「体調でも崩したか?」
「いや、朝家から出たのは確認している。それはないだろう」
山崎がそう言うも、すぐに古橋が否定した。
それにより、霧崎バスケ部の心の中が一致した。
((((まさか花宮、誘拐された?))))
朝練に来なかったのが普通の人間なら、こんなにすぐに"誘拐された"なんて思考にはならないだろう。どこか寄り道してるとか、サボってるとか、事故に巻き込まれたなどと考える。
けれど花宮には実例が有り余るほどにあった。
霧崎が初めて花宮が誘拐されたと知ったのは、一年生の夏休み前のことであった。その時すでに優等生のイメージがあった花宮が、何故か学校に来ない。しかも連絡などが一切無いのだ。
1日目は珍しいこともあるもんだと、そんなに気にしてはいなかった。しかし2日目も連絡無しで休みで、何かあったのか?と心配し始めた。3日目には花宮が何も言わずにこんなに休むなんてあり得ないとなり、本人と自宅に電話をかけたが出なかった。ますます可笑しい。明日も休んだら警察に連絡しよう、ということになった。そして4日目、花宮は何でもないような顔で学校に来た。
とりあえずみんなは安心するも、学校に来なかった3日間何があったのかは気になる。そこで原が本人に尋ねた。
「花宮ずっと学校に来なかったけどどうしたのー?連絡無いし、電話しても出ないし、心配してたんだよ」
「あぁ、ちょっと誘拐されてた」
「へー、そうだったんだ……って待って!どういうこと!?」
あまりにも当然のように言うものだから、納得しかけたけど、誘拐されてたなんてとても簡単に言えることじゃない。
「そのまんまの意味だが?」
まったくもって意味不明である。3日間無断で学校を休んでいたかと思えば、誘拐されてました?どうしてそうなったのか、どうして今学校に来れたのか、どうしてそんなに平然としているのか、気になることだらけだ。
聞きたいことがありすぎて、原……というよりこの場にいるほぼ全員が言葉を詰まらせてしまった。そんな時、唯一口を開けたのが瀬戸だ。
「とりあえず、誘拐されるところから、今日学校に来るまでの流れをわかりやすく教えてくれない?」
「なんで?」
「今後の生活に支障が出るから」
「はぁ?……いいけどよ。要約すると、3日前の朝、普通に登校してたら後ろからスタンガンで襲われた。それで気を失った俺は知らない部屋で目覚めた。足は自由だったけど、手は後ろで拘束されてたな。しばらく待ってたら犯人が来たからとりあえず拘束を解いてもらう事から交渉。1日かけて相手をマインドコントロールして、3日目夜に出してもらった。それで今に至る」
「いや、うん。いろいろ言いたい事あるけど説明ありがとう。無事に解放されてよかったね」
ひとまず、何があったのか理解した。犯人の目的は知らないが花宮は誘拐されてもおかしくないほど容姿は整ってるし、異常な状況でも冷静でいられるのはおかしくない。天才的に頭もいいからマインドコントロールくらいはできるだろう。
「誘拐なんて最終的にみんな出れんだろ?」
前言撤回。やっぱり可笑しい。
「そんな事ないからね、花宮」
「そうだぜ。誘拐されて自力で出てくるなんて聞いたことない」
「いくら花宮でも、自力で脱出なんてあり得ないよ」
「というか普通、誘拐されること自体稀だと思うんだが」
いつものメンバーが次々にツッコむ。
「いや、誘拐されるのは初めてじゃないから慣れてるんだよ」
「は?なにそれどういうこと?」
さらに疑問が増えた。
「説明を要求する!」
「別に、ただ、初めて誘拐されたのは3歳で、そこから最低でも半年に一回は誰かに誘拐されてきたから言葉通り慣れてるだけ。でもこうして今居るんだし、誘拐なんて大したことないだろ?」
「なにそれ初めて聞いたんだけど」
「聞かれてないから」
普通、誘拐されたことありますか?なんて聞く人はいない。けれどなに言ってんの?という目で見られ、度重なる質問にイライラし始めた花宮を見たら、誰も追求できなかった。
それから僅か2ヶ月後のことだ。
花宮はまた誘拐された。
本人が大したことないと言っても、慣れていたとしても、逆に相手を支配する能力があったとしても、心配なもんは心配する。
今度は誘拐されてから2日目に花宮がいなくなったことに気づいたので、霧崎のメンバーは花宮を探し始めた。けれどその次の日にあっさりと本人は戻って来た。前回より早いご帰還である。
それからというものの、花宮が誘拐される度に霧崎メンバーは人を探す能力を上げた。それにより本人が自力で出くる方が早いのか、霧崎が犯人の居場所を特定するのが早いのか勝負出来るレベルまでになっている。
だから今回も、花宮が誘拐されたとわかってから、霧崎の動きは迅速だった。
「今月一回あったからもうしばらくないと思ってたんだけどなぁ」
「なんか誘拐される頻度上がって来てねぇ?」
「否定は出来ないな」
「それより監視カメラはー?」
「あぁ、今映像出すよ………はい、花宮の家から学校までのルートにある監視カメラ映像」
「さすがだ、瀬戸。じゃあ確認していこう」
「そういえば花宮って何時に家出たの?」
「言ってなかったか。だいたい6時50分くらいだな」
「じゃあその時間帯から見ていこ」
「あ、いたぞ」
「どこ?」
「ここ」
「本当だね。1人ってことはここで攫われたんじゃないんだ。じゃあ花宮をカメラで追っていこうか」
「歩く時間的に次の映像は7時前後に映ってる筈だ」
「居たねー。でもまだ1人だ」
「次は3分後」
「ん?花宮も居たけど不審な人影映ってるよ?」
「まだそいつが犯人と決まった訳じゃない」
「次の映像見ようぜ」
「そうだな。次は2分後だ」
「……似たような人物がまた映ってる」
「ほぼこいつで確定じゃねーか」
「で次は?」
「5分後だ」
「………居ないね」
「どっちも映らないね」
「さっきの奴が犯人で確定だ。瀬戸」
「はい、そいつの拡大写真」
「マスクと帽子で顔を隠してる。服装はジャージかな?ポケットに手を入れてるから、そこにスタンガンも入れてたんだろうねぇ」
「カメラの映像からすると、身長は175センチあたりか。体格からして普通に男だな」
「このジャージ結構ボロボロだよ。替えがないのかな?」
「犯行の時間が朝だし、もしかしたら働いてないのか、フリーターなのかも!」
「じゃあ今回は身代金目的か」
「さぁ?確かに霧崎は裕福な家庭が多いし、犯人は貧乏人っぽいけど誘拐されてるのが花宮だからまだなんとも言えないんじゃないかな。可能性は高いけど」
「そうか。俺はその写真見てもなんもわかんねーから周辺の監視カメラの映像でも見てる」
「そうだね、じゃあこの辺の見といて」
「わかった。何か見つけたら言うわ」
「了解」
「ねぇこの犯人ピアスしてるよー」
「本当だ。しかもよく見たら首元にチェーンらしきものも見える」
「じゃあ服装はダミーだね。ピアスもネックレスも買える余裕がある人がボロボロのジャージを着ているのは可笑しい」
「なぁ、怪しいワゴン車見つけたぜ。朝なのにカーテン閉めてるし、この辺は近くに駐車場あったはずなのに長い時間路駐してる」
「うっわ、マジだ。朝とはいえ長い時間、しかも路駐となれば車は放置出来ないし、中にお仲間さんがいるのかなー」
「複数犯か。とりあえずこの車の持ち主を調べよう」
「そうだね」
と、こんな感じに犯人を特定していき、授業の1時間目が始まる頃には居場所を突き止め救出に向かうのだった。
自力で出くるのも可笑しいが、一般人が犯人を特定するのもなかなか可笑しいということには誰も気づいていない。
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この小説の設定&軽いネタ
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