01

余裕だと思ってた。

予告状を出した相手は何故か警察を呼ばず、自分の息子とその友達に対応させるくらいだから、宝石には頓着していないのだとそう思ってた。

しかし蓋を開けてみれば、警察がいない分屋敷に侵入するのが難しく、宝石は何重もの策でその場所を隠されており、息子の友人に変装したのだが、それもただの高校生にバレた。

それでも怪盗キッドは宝石を盗み出した。盗むのが難しかった分、その場から逃げるのは案外簡単だった。


(くっそー!!なんなんだったんだアイツらは!!)


余裕だと思っていた分、憤りに似た感情がふつふつと湧いてくる。

内心でさっき対峙した高校生たちを思い出しながら、怪盗キッドは夜の空をハンググライダーで飛んでいた。

そんな彼の目に、ビルの屋上に立っている人が映る。

フードを深くかぶっていて、正確には男かもわからないが、佇まいからしておそらく男だろう。けど、性別は問題ではない。この人の立っている場所が問題だった。その人は屋上のフェンスの向こう側にいたのだ。


(……おいおい、マジかよ)


怪盗キッドがその人が自殺しようとしていると判断するのはそう時間がかからなかった。

いくら怪盗とはいえ、彼の根は善良な人間に近い。このまま放置すると言う選択肢はなかった。

そうして怪盗キッドはビルの屋上に降り立った。


「私で良ければ話を聞きますよ」

「……貴方が何処の誰かは知りませんが、止めないでください」


突然現れた声にびくりとしながらも、自殺しようとしている人の意思が簡単に変わるわけもなく、むしろフェンスを固く握っていた手を離し、屋上の端へと少し近づいてしまった。


「まぁまぁ。では少し私のマジックを見ていきませんか?」

「マジック……??」


予想外の声をかけられてからか、その人が怪盗キッドの方を向いた。月明かりが逆光していて、顔は見えない。


「どうして、怪盗キッドがここに……」


けれども、反応でその人が驚いているのが怪盗キッドにはわかった。


「夜空を散歩していたら、翼もないのに飛ぼうとしている人が見えたのでね」

「そう……ですか………」

「それでは、一公演お付き合い願えますか?」

「……せっかくですが」


その人はそう断ろうとしたが、言い切る前に怪盗キッドは言葉を続ける。


「ありがとうございます。それでは無難にハトのマジックでも……ワンツースリー!」


怪盗キッドが被っていた帽子から大量のハトが飛び出してきた。ここが夜空の下だったのが、惜しいところか。それでも鳩が舞う姿は充分映えた。

それにしても


(何処かで聞いたことのある声だったな)


なんとなく、頭の片隅でそう思いつつも、マジックを続ける。

怪盗キッドは薔薇の花をポンッと出し、その人に差し出した。


「誰にでも花をうけとる権利はあるんですよ」


本来なら女性相手にしかやらないが、今の状況ではそうも言っていられない。

怪盗キッドは、自分のマジックを見てその人の気が緩んだのを感じた。


「はは、怪盗キッドって案外良い人だったんですね」


その人が一歩、フェンスに近く。

もう自殺する気はなくなっただろうか。そう思って、怪盗キッドも僅かに安堵した。

けれど……


「最後に、良いものを見せてくれてありがとうございました」


そう言うと、あっさり、なんの躊躇もなく、その人は宙へ身を委ねたのだ。

つまり彼は屋上から飛び降りた。


(マジかよ!!)


続いて怪盗キッドも、なんの躊躇もなく彼を追って屋上から飛び降りた。

ビルの壁を蹴り、なんとか空中で彼を捕まえる。そしてフェンスを超える際にひっかけていた紐を使い、どうにか着地した。

腕の中で震えている彼に、声をかける。


「おい、大丈夫か」


この時ばかりは怪盗キッドは完全に素に戻っていた。目の前で人が飛び降り自殺しようとしていたのだから無理もない。


「……おい?」


声をかけても反応はなく、彼はただ震えるばかり。


「なぁ、何があったか知らねーけどよ、命は粗末にするもんじゃ……」


話かけている途中で、怪盗キッドは違和感を覚えた。今までフードで見えなかったが、この後ろ姿は見たことがある、と。そういえばさっきも声を聞いたことがあると感じていた。

今まで怪盗やってきた中で培われた危機察知能力が警鐘を鳴らす。


(待て待て待て、この感じは……)


まるで、あの小さな名探偵に追い詰められた時みたいな。

怪盗キッドは反射的に彼から距離を取ろうとした。

けどその前に腕をガシリと捕まえられた。彼の震えが、腕に伝わってくる。

そして……


「ふは、ははははは!怪盗なんてやってる奴が本当に人を見捨てられないとはな!!」


ずっと震えていただけだった彼が声を上げた。今まで見えなかった顔も、月明かりに照らされて今度はしっかり見える。


「……花宮真」


それはありえない筈だった。

何故なら花宮真は怪盗キッドが今日変装した人間だったのだから。本来なら今回のターゲットの屋敷である原家で、まだ眠っている時間だ。

もし仮に時間より目を覚まし、すぐにこのビルにこようとしても、あの家からこのビルまで車でも電車でも間に合わない。

だから、絶対に花宮真がこんな場所にいるはずがないのだ。


「どうして、あなたがここに……」


今度は怪盗キッドが問う番だった。


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