辛苦遭逢


黒子テツヤは自分は影がうすいということを大いに理解している。でも、だからと言って、こんな状況になるとは思っていなかった。

それは、遡ること45分前……
黒子は、お気に入りの作家の新刊の小説を買おうと、家を出た。

それからしばらくして、無事に書店へ着き、目当ての本を買い、少しテンションを上げながら家に帰っていると、ビルとビルの間、つまり路地裏から人が騒いでる声を聞こえてきた。書店から出て約5分のところだ。

このまま家に帰ってもよかったのだが、なんとなく、黒子はその声が気になってしまったのだ。その結果、普段なら絶対に入らないであろう路地裏へ、黒子は入って行いった。テンションが若干上がっていたのもそうなってしまった理由の1つだろう。

薄暗い中進んでいくと、メイン通りから10メートルほど離れたところで、黒子は2人の人影を見た。1人は地面に倒れていて、もう1人はナニカを持ちながらそれを見下ろしている。

本能的に黒子は、"あ、これはやばいやつです"と察した。ミステリー小説でよくある、殺人現場だと。

数秒黒子の時は止まった。けれど、すぐにハッとして、このままではダメだと思い、黒子にしては大きな声で言った。


「な、何してるんですか!?」


わずかに震えてはいけれど、しっかりと響くような大きな声に、立っていた人影はビクリとして、周りをキョロキョロ見渡した。だが、人影の目には影の薄い黒子の姿は映らない。

どこだ、さっきの声はどこからした。いや、探すより逃げた方が速い!!そう思った人影は手に持っていたモノを放り投げ、着ていたコートを脱ぎ捨て、メイン通りの方に向かって走る。

けど、その方向には黒子がいた。目の前に人がいるというのに、それでも人影は黒子に気づかない。黒子も、急に走ってきた人影にびっくりして、思わず道を譲ってしまった。

黒子と人影が交差する。パーカーのフードを目深く被っていて顔は分からない。黒子は犯人を追いかけようとして、やめた。倒れている人影が気になったのだ。

もしかしたらまだ生きてるかもしれない、そう思った。


「大丈夫ですか!?」


そう言いながら倒れている人に駆け寄る。


「……ぁ………ぅ」


お腹から大量に血を流していたが、まだ、その人は生きていた。

急いで救急車を呼ぼうとして、バックを探るが、スマホは見つからない。書店に行くだけだからだと、スマホを家に置いてきてしまっていたのだ。

黒子は焦った。いくらWCで優勝しようが、普段はただの影の薄い高校生なのだ。こういう時、どうすればいいのかすぐ思いつかなかった。


「赤司くんならすぐに対処できるのでしょうけど……」


メイン通りに行って、人を呼べばいいのか、でもそうしている間にこの人が死んでしまったら……

黒子は分からなかった。でも、そうこう考えているうちにもこの人は血を流している。

そんな中、自分が本を買ったのを思い出した。それと同時に、どこかの小説で、応急処置の仕方を読んだのを思い出した。

あの本では、どうやっていた??


「ビニール袋……」


そう、確かビニール袋を使って止血していたはずだ。それが本当にあっているかは分からなかったけど、買った本をビニール袋から取り出し、倒れている人の服をなんとか剥ぎ、そのビニール袋手を入れ、持っていたハンカチ間に挟み、傷口を抑えた。

黒子の手は震えていた。人の死ぬ間際に遭遇したのはこれが初めてなのだから、仕方がないのかもしれない。

それでも必死に止血をする。


「大丈夫ですか?頑張って下さい!」


そう声をかけながら、考える。いくらここで止血をしていても救急車が来なければ意味がない。


「やはり、メイン通りに行って人に助けを求めるべきでした」


それでもここで止血してる手を辞めたら、この人はきっと助からない。その思いで黒子は止血してる手を離せなかった。

黒子は大きな声を出すのが苦手だ。でも、そうは言っていられない。止血している手はそのままに、顔だけ通りの方へ向き、声を出す。


「すみません!!誰か来て下さい!!人が倒れてるんです!!」


黒子のいる位置から、通りまでは約15メートル。通りの人はまだ黒子の声には気づかない。


「すみません!!すみません!!誰か!!お願いします!!誰か来て下さい!!」


まだ、人は気づかない。それでも黒子は声を出し続けた。


「誰か!!助けて下さい!!すみません!!誰か来て下さい!!!」


すると、ちょうどそこを通りかかった子ども五人組の1人が、黒子の声に気づいた。


「ねぇ、なんか声がしない??」

「えー?おれには聞こえねぇよ!」

「いや、聞こえる!こっちだ!!」

「あ!待って下さいよ、コナンくん!!」


五人組のうちの1人の少年…….コナンが路地裏へとかけていき、残る四人もそれに着いて行く。


「おい!どうかしたか!?」

「男性が血を流して倒れていたんです。救急車を呼んで下さい!」


コナンは地面に目を向けた。そこには大量の血と、かろうじて呼吸はしてるが今にも死にそうな男性の姿があった。


「なに!?灰原、救急車!」

「わかったわ」

「すみません、ありがとうございます」


黒子は子どもが救急車を呼んでくれたのを聞くと、止血することに集中した。


「頑張って下さい。もうすぐ救急車がきますよ」


黒子は男性を励まし続ける。

そんな中コナンはあたりを見渡し、何かこの状況の手がかりになる物がないか探しだした。そんな時、コナンに元太が声をかけた。


「おいコナン!俺たちは何をすればいいんだ!?」

「元太、光彦、歩美ちゃんはメイン通りに行って、救急車が来るのを待っててくれ。救急車が来たら救急車隊員の人達をここまで案内してくれないか?」


テキパキと指示を出しながら、コナンは周囲を探る。すると、ゴミ箱の影に隠れて見えずらかったが、ナニカ光るものを見つけた。


「これはっ!」


そう、先ほど犯人が放り投げた凶器の包丁だ。男が血を流してる時点でそうだろうとは思っていたが、コナンはすぐさまこれが事件だと察した。


「灰原、警察もたのむ」

「えぇ」


そうして凶器を見つけ、またすぐに近くにあった血濡れのコートも見つけた。それでも、まだ何か手がかりにないかと周囲を探す。

そんな時、ピーポーピーポーという音を出しながら、救急車がこの場に着いた。


「重傷者はどこですか!?」

「こっちです!」

「はやくはやく!!」


そんな会話を走りながらし、三人は救急隊員の人を路地裏に連れて行く。そして、隊員が被害者の元へたどり着くと、黒子にありがとうございますと声をかけ止血を代わった。それから、大丈夫ですか?聞こえますか?そんな風に言いながら担架に乗せ、急いで救急車へと運んだ。

被害者に無関係な黒子は救急車に乗れなかったが、ちゃんと救急車を見送り、ふぅ、と一息ついた。


(あの男性は無事でしょうか……)


そんな事を考えていると、今度はウゥーーーー!!ウゥーーという音を響かせながらパトカーが着いた。


「あ、来た!佐藤刑事だ!」

「高木刑事もいますね!」

「おーい!こっちだぜ!!」

「あら、コナンくん達じゃない。あなた達、阿笠博士や蘭さんと一緒じゃないの?」

「えっとね!博士とはさっきまでは一緒だったんだけど、はぐれちゃったの!」

「おれたちここ来るの初めてだから、博士呼ぶ前にちょっと探検してたんだ!」


ただでさえ人が死にかけてるところに遭遇して混乱しているのに、車から降りてきた人が警察官ではなく刑事さんだって事にまず驚いて、そして、救急車と警察を呼んでくれた子供達が仲良さげに刑事さんと話し始めたのも驚いた。鑑識の人も他の刑事も続々ときて、流れるように作業している。何百回も同じ作業をやっているかのように、全て滞りない。


「へー、そうなの。じゃあ悪いんだけど、阿笠博士にはこの場所を電話しておくから、状況聞かせてもらっていい?」

「あ!それは僕が説明するよ!!」


と、子供らしく元気に言ったのは、先ほどまで冷静に救急車と警察を呼べと言ったり、他の子達にメイン通りに行って救急隊員をつれてくるよう指示していたりしていたメガネの男の子だ。まるで別人みたいな態度に、黒子が思わず二重人格を疑ってしまったのも無理はないだろう。身近に赤司という例もある。


「えっとね、助けてって声が聞こえたんだ。だからその声が聞こえた方に行って見たら男の人が倒れてて、血がいっぱい流れてたから、救急車を呼んだんだよ。待ってる間、周りをちょっと見てたら、そこにナイフが落ちてたから、警察も呼んだって訳!」

「なるほど。ありがとうございます。コナン君」


コナン達にとっては、事件があったら救急車と警察を呼ぶのが当たり前で、大人達がいない場合はこうやってコナンが説明するのもあたり前の光景だ。

でも、初めて見た人にとっては違う。


(普通、これくらいの男の子がこんなに分かりやすく状況を説明できるのでしょうか。それに、僕だって今こんなに動揺しているのに、この子はあっさり状況を受け入れています。動揺とか、恐怖といった感情は見受けられません。そんなことよりも、楽しさとかいうワクワクしているような感じが……)


ミスディレクションをやる為に始めた人間観察。それはもう趣味になっていて、黒子はどんな時でも人間観察をするのが癖になっていた。

今のコナンへの観察もほぼ無意識だ。

観察していって、黒子はコナンに不信感を抱いた。人が倒れているというのに、恐怖心などはなく、逆にまるで新品のゲームを目の前にした時のような雰囲気、明らかに慣れている友達への指示出し、友達と大人への大きな態度の違い、用意していたかのような説明。

黒子はそれらを感じ取って、なんとなく嫌だと、気持ち悪いと思ってしまった。そして無意識にコナンには関わりたくないと思い、ただでさえ陰が薄いのに無意識に気配を更に薄めてしまう。

ここから大きなズレが始まった。


「ねぇコナン君、その助けてって言ってた人はわかる?」

「うん!えっとね……あれ?待って、思い出せない!」

「何言ってんだよコナン!えっと……ほんとだ思い出せなねぇ!!」

「いやいやいや、そんなことがある筈が……」

「じゃあ光彦くんは思い出せたの?歩美は覚えてなかった!」

「うーん……ぼ、ぼくも覚えてません」

「不思議ね。私もわからないわ」


と、子供たち全員が黒子の姿形を覚えていなかった。

黒子の陰の薄さ、染み付いたミスディレクション、倒れた男性という目立つ存在。それらが全部合わさって、そういう結果となってしまったのだ。まさか黒子もこうなるとは思ってなかった。


「えっ?コナン君たち全員が覚えてないの??その人本当にいたのかしら……」

「でも、そんな事があり得るのでしょうか」


佐藤刑事と高木刑事がこう言ったのを聞き、黒子は慌てて名乗り出ようと口を開けて……


「たしかに声は聞こえたもん!」

「でも、ここにいないってことは、そいつ犯人かもしれないぜ!」

「その可能性は大いにありますね」


口を思わず閉じた。人助けをしたのに、まさか犯人扱いされるとは思ってなかったのだ。

でも、それを言ったのは子供。しかも自分は本当に無罪。ならまだ大丈夫と、黒子は今度こそ名乗りを上げようとして……


「そうねぇ。あなた達が嘘を言うとは思えないし、その人を探してみるわ。聞き込みをすれば、目撃証言もあるかもしれない。それと、ここら辺の監視カメラも確認しなくちゃね。行くわよ、高木くん」

「はい!」


そう言って二人の刑事はその場を去り、それと同時に黒子は名乗り出るタイミングを失った。


「おいコナン!おれたちもそいつ探そうぜ!!」

「歩美もやりたーい!」

「ぼくだってやりますよ!」

「おめぇら……まぁ俺もその人のことは気になるしな。探すか」

「あら、江戸川くん珍しいじゃない。子供たちと一緒なんて」

「まぁたまにはな」


そうして子供たちも去って言った。

今この場に残っているのは、現場の調査をしている刑事と、鑑識数人。そして黒子だけだ。

自分がここにいると誰にも言うことが出来ず、黒子はただその場に立ちすくむことしたしか出来なかった。"どうしましょう"と。

そうして冒頭に戻る。



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