前までだったら影が薄くて気づかれないこは日常茶飯事だったが、最近ではWCで優勝したこともあり、忘れられるなんてことはあんまりなかったのだ。だから黒子は油断してた。まさか見えないなんて、と。
黒子は今の状況を冷静に考えて直してみた。冷静に、冷静に……
(えっと、男性を助けたら、影の薄さのせいで犯人扱いされることになりました。意味が分かりません)
冷静に、………なれなかった。むしろ考えれば考えるほど焦っていく。
(こういう場合はどうすればいいんでしょう。そもそも僕はずっとここにいましたし、それを居ないと勘違いしたのはあっちで、僕は何も悪くない……筈です。仮に犯人だと疑われても問題はないですよね。犯人じゃないのは確かですし、むしろ人助けをしたんです。誇っていいでしょう。というかそう信じるしかありません)
一から自分の状況を再確認し、男性は助けた、自分は犯人ではないのだから焦る必要はないと考えてようやく黒子は冷静になってきた。そして、このまま何処かに行くのは悪いだろうと、その場で待機することにした。冷静になった黒子は実に強かだ。
(実際に刑事現場を見るのは初です。少し不謹慎かもしれませんが、現場がどんな動きをするのか気になります)
そうして黒子は二人の刑事や子供達が帰ってくるのを、人間観察で暇つぶしをした。なかなかのマイペースである。
1時間もしないうちに佐藤刑事と高木刑事は帰ってきた。そこにモブ刑事が話しかける。
「佐藤警部補、監視カメラの方はどうでしたか」
「ダメね。ちょうどここに入る所が映ってるカメラがなかったの」
「後20m先にはあったんですけどね」
「そうでしたか。では我々はここ周辺をさらに詳しく調べてきます」
「よろしく」
「それにしても、男性を助けた人はどこに行っちゃったんでしょうねぇ」
「そうね。監視カメラにもそれらしい人は映ってなかったし……」
そのやりとりを見届けた後、黒子は流石に名乗りあげる事にした。ズルズルと引きずると余計言いにくくなるの古典系にはなりたくなかったのだ。もうなりかけてる、なんてツッコミをしてはいけない。
「あの、すみません。男性を助けた人は僕です」
「えっ?」
「うわぁぁぁぁあ!!!」
キョトンと状況をうまく飲み込めてない佐藤刑事と、オーバーとも取れるリアクションをリアルでする高木刑事。真っ二つにわかれたそれぞれの反応の仕方に、黒子は懐かしさを覚えた。
「あ、そんな感じの反応久しぶりですね」
「き、君、いつからそこに?」
「僕はずっとここに居ましたよ」
「うそぉ!」
「本当です。何回か名乗り出ようとしたんですけど、気づいたらどんどん話が進んでしまってて……。もっと早く言えばよかったですね」
ようやく名乗り出たことで、ひとまずは落ち着いた黒子。そこに、子供達が帰って来た。
「なんもわかんなかったなー!」
「そうですね。都合よく見てた人はいませんでした」
「あっ!佐藤刑事と高木刑事だ!」
「誰と話してるんだ?」
「誰って……二人ではなしてるんじゃねーのか?」
黒子はまたもや居ないことにされそうになった。しかし、ちゃん見つけてくれた者が一人。
「よく見なさい。居るわよ、男性が」
灰原だ。彼女だけが黒子を見つけていた。佐藤刑事と高木刑事の視線をたどって、見つけられたのだ。
「えっ?」
「うーん……」
「あ!いた!!」
「おいおい嘘だろ。いつから居たんだ?」
その言葉に残りの面々もじっくりと探し出す。じーっと見つめて、佐藤刑事と高木刑事の前あたりで、まるでピントがあったみたいに急に男性が見えた。もちろん黒子のことである。
こうして警察、子供達とようやく黒子は全員に認識された。影が薄すぎるというのも考えものだ。
そんな影の薄すぎる黒子。コナンから見れば異質な存在だった。
(まじでいつから居たんだ?全然見えなかった。あそこまで見えにくい人は存在するのか?それに、ずっとここに居たのなら、俺たちが探しに行く前に名乗り出る筈だ。おかしい。まさか犯人?いや、犯人だとしたら今佐藤刑事と高木刑事と話してる筈がないか。訳がわかんねー。なんなんだよ、あいつ)
こんな感じにずっと思考を巡らせていた。
黒子から見てコナンは異常な存在で、またコナンから見ても黒子は異常な存在だったのである。
そのことは一旦置いておこう。話はちょっと変わるが、子供は好奇心旺盛で、じっとしていられない存在だ。そしてコナンも過去何回か苦しめられたように、無鉄砲で予測不可能なことをしでかすことがある。
まぁつまり、コナンが考え込んでいる間に、子供達は急に現れた謎の人物、黒子に突撃しに行ったのだ。彼らがじっとしている筈がなかった。
「ねぇねぇお兄さん!」
「お前いつからいたんだ!?」
「お前って言ったら失礼ですよ、元太くん」
急に話しかけて来た子供達に、黒子はびっくりだ。しかし、相手が子供だとわかると、しゃがんで視線を合わせて言った。
「僕はずっとここに居ましたよ」
「えぇーー!!!!」
「うっそだぁ!」
「にわかに信じがたいですね」
当たり前のように子供達は信じなかった。最初は見えなかったのだから、仕方ないと言えよう。
「本当です。僕、驚くほど影薄いんですよ。ミスディレクションというのは知ってますか?」
「なんだその、ミソなんちゃらっていうのは」
「違いますよ、ミスディレクションです!僕も何かは知りませんが……」
「歩美も知らなーい!!」
小学一年生がミスディレクションなんて知ってる筈がない。だから黒子は、一から丁寧に説明し始めた。
「ミスディレクションは手品などで使われる視線誘導の事です」
「視線誘導、ですか?」
「はい。例えば、そうですね……なんでもいいので物を貸してくれませんか?」
「じゃあ歩美のケータイ貸してあげる!」
「ありがとうございます。では、こちらを使って少し簡単なミスディレクションをしてみますね。まず、このケータイから目を逸らさないでください」
「はーい!」
黒子は借りたケータイを手のひらに乗せた。今の所子供達の視線はちゃんとケータイだ。しかし、黒子が空いている手をグーにして、ケータイの上をバッと素早く横切ると、視線は完全に手の方に言ってしまった。
「はい、もうケータイを見てませんね」
「あっ!」
「本当ですね。思わず手の方に目が言ってしまいました」
「なんだこれ、すっげー!!」
「これがミスディレクションです。僕はこれを日常的に使ってるので、影が極端に薄いんですよ」
「なるほど、これがミスディレクションですか……」
「お兄さんすごーい!」
「なぁ、もう一回やってくれよ!」
「残念ですが、もう出来ません」
「えぇーー!!!!」
「歩美もう一回見たいー!!」
「僕も今度こそ引っかかりたくないので、お願いします」
ミスディレクションは手品でもなんでもないのだが、あっさりと視線を誘導されたのが面白いと思った子供達は、もう一回をせがんで来た。
「ミスディレクションは何回も使えば使うほど効果が薄くなるんですよ。だから、また今度でもいいですか?」
黒子は丁寧に断ろうとしたのだが、子供達はそれでも引き下がらなかった。
「やーだー。今見たいんだもん」
「兄ちゃんのケチ!ちょっとくらいいいじゃんかよ!」
「そこを何とかお願い出来ませんか?」
これには黒子も困る。出来ないものは出来ないのだ。
そんな時、子供達を止める者が来た。
「貴方達、いい加減にしなさい。そこの人困ってるわよ」
そう、子供達が勝手に突撃しに行ってたのを見てた灰原だ。コナンが思考の海にダイブしてる今、子供達のストッパー役は彼女しかいない。
「だってぇ」
「すみません灰原さん。でも……!」
「なんだよ、この兄ちゃんがケチなだけだろー?」
「はぁ……貴方達は人に迷惑をかけたいの?」
「そんなことはないですけど……」
「だったら諦めて迷惑かけたこと謝りなさい」
「はーい。お兄さんごめんなさい」
「すみませんでした」
「ごめん……」
灰原の言葉に素直に謝る子供達。黒子にとって灰原はまさしく救世主だ。その大人っぽさに若干違和感を感じつつも、とりあえず心の中で灰原に感謝した。
「いえ、大丈夫ですよ。それより、あそこにいるメガネくんは放置してても大丈夫なんですか?」
「あっ!」
「そうだコナンくん!」
「すっかり忘れてたぜ」
黒子のミスディレクション技術に夢中になっていた子供達は、どうやらコナンのことを完全に忘れてたらしい。
さて、忘れられてたコナンは何をしていたかというと、数分前に思考の海から意識を現実に戻し、子供達には灰原がついてるとわかると、例のごとく大人達に事件のことを詳しく聞きにいっていた。主に、ゴミ箱の影に落ちてた刃物のこととか、血塗れのコートのこととか、他に何か落ちてなかったのかとかだ。
「鑑識のおじさん!刃物に指紋とかついてなかったの?」
「あぁ、君か。また探偵ごっこかい?そうだよ、指紋はついてなかった」
「そうなんだ。他に何かなかった?」
「あー、そういえば血塗れのコートが道の脇に落ちていたよ。犯人が脱いで行ったものかな」
「そっか!他にはなんもなかったの?」
子供らしく聞いていると、そこに黒子によってコナンの存在を思い出した子供達が駆け寄ってきた。
「おーい!コナン!!」
「また駆け抜けですか!?」
「歩美達もやりたいー!!」
その様子を見た黒子は、もう大丈夫だろうと判断し、子供達によって中断された話を戻そうと、佐藤刑事と高木刑事に向き合った。
「話を中断させてしまってすみません」
「子供達の相手をしてたんだもの。全然大丈夫よ」
「では、現場発見にいたるまでの経緯をお願いします」
「はい、わかりました。経緯というほど長くないんですけどね。もう1時間以上経つでしょうか……本屋に行った帰りだったのですが、メイン通りを通ってると、ここの道から人が争うような声を聞いて、気になって入ってみたんです。すると刃物を持った男性と、倒れている男性がいて、思わず僕が"何してるんですか!"って声をかけたら、その声に気づいた刃物を持った男性が僕を探そうとキョロキョロと周りを見渡してたんですけど、ほら、僕影薄いじゃないですか。男性は僕を見つけられず、コートと刃物を捨てて、逃げて行きました」
「ち、ちょっと待って下さい!!」
「はい、なんですか?」
ツッコミどころのある黒子の話に待ったがかかった。言いたいことは色々あるだろう。でも、とりあえず聞きたいのはこれだ。
「貴方犯人を見たの!?」
「暗かったので、顔は見てませんが、すれ違いましたね」
「すれ違ったのに犯人に貴方がそこに居ることがバレなかったんですか!?」
やはり黒子の影の薄さは尋常じゃないらしい。しかし、黒子に気づかなかったのは犯人だけじゃない。
「刑事さん達も僕が目の前に居ても気づきませんでしたよね?」
「確かに……」
「それは、そうね。わかったわ、話を進めてちょうだい」
なんで見えなかったのか自分でもわからなかった刑事二人は、話を進めてもらうしかなかった。
「わかりました。刃物を持ってた男性が逃げていって、僕はすぐに倒れてる男性に近寄りました。その男性、お腹から血を流してはいましたが、息はあったので、僕は止血をし始めたんです。といっても僕、医学を学んでる訳ではないので、本で読んだ知識を使いました。これがあっていたかはわかりません。だから、ここですぐに救急車を呼べればよかったんですけど、あいにくスマホは家に置いてきてしまっていて、連絡出来ませんでした。そこで、メイン通りの人に気づいてもらおうと、声を出して助けを呼びました。あとはお二人もご存知の通りです。僕の声に気づいた子供達が助けを呼んでくれて、いつの間にか警察を呼んでました」
「なるほどね」
「えーと、では、見たという犯人の特徴を教えてもらえますか?」
「紺のジーンズに黒のパーカーを着てました。あとは、フードを目深く被っていたので顔は見ていません。身長は僕と同じかそれより高いくらいでした。この路地から左に曲がってたので、西の方向に逃げてっいったんじゃないでしょうか。……これくらいですね」
これで一応の経緯は話し終わった。
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