死の村と死神様の話


ぼくの村に突然死病が蔓延した。
感染力の高いそれは瞬く間に多くの村人を病に伏せさせ村を治める国は即座に村からの出入りを禁じ、医師や人手の手配をすることもなく、事実上ぼくの村は切り捨てられたも同然だった。

治療も受けられず病に震える日々に希望を見出せないながらも必死に生にしがみつくしかないぼくたちは、息を潜め身動きを取らない事で体力の消耗を抑え、底尽きそうな食糧をみなで分け合いなんとか生きていた。いや、生きていると言っていいのかわからなかった。

村の食糧も底ついたある日、1人の老人が狂ったように笑い、歩き出した。
少しでも、1秒でもいいから生きていたいぼくたちは誰も彼を止めなかった。ただただ彼のしゃがれた声が何を言っているのか黙って聞き取ることしか出来ずにいた。

「この村には死神様が来る。死神様に全て葬って貰えばいい。この病も私たちを見捨てたこの国も。」

そのようなことを言っていた気がする。
気が狂ったように叫び笑いながら村中を歩き回った彼は「神よ、尊き命の誕生の、その先にある死の神よ。」そう最後に叫んだのを最後に糸の切れた人形のように倒れ込んだ。
多くの村人の耳に届いたであろうその声は、嫌に耳に残った。事切れた男に続くように1人の男が呟いた。

「かみよ…」

それを引き金に女が老人の、子を抱く母の覇気のない声が続く。

薄暗いたくさんの声が村中に響き渡る。それはまさに呪われた村だっただろう。みんなの声が頭の中でこだまする中、何かに取り憑かれたように己の口が音にならない声で「かみよ」と形作った途端それが突然止み、静まり返った。

呆然と倒れた男がいる場所を見つめる。
淡い夜の様な髪がふわりと揺れる。青み掛かった浅黒い肌に中性的で整った顔立ちは女性のようにも男性の様にも見える。事切れた男を見下ろす月のように黄味がかった瞳は嫌に穏やかで目が離せない。

「嫌に歓迎してくれるじゃないか。」

大きな鎌を片手に発せられたその声で、それが男であると瞬時に脳が理解する。
突然現れた男は夜を思わせるその姿で村の惨状を眺めた。

「酷い場所だ。」

ただ短くそうこぼした。
その声には今思えば感情はなかったように思えるがその日のぼくには、ぼくらにとっては心に響く優しい音だった。
体力も限界で水も何日も飲めていない誰も声を出せない状況で男は辺りを見渡し「ふぅん。」と何か納得した様な声を出したあと、さっと鎌を一振りした。途端に何人もの人が倒れ込み、真横にいた倒れた女性を見ると死んでいた。

「歓迎の礼だ。残った者は地獄だろうが、病は全て持っていこう」

そう告げた男は瞬きをする間に姿を消していた。
いくつも死体が転がる光景はまさに男が言うように地獄のようだった。
しかし、ぼくも含め村人たちは「終わった」と確信していた。この地獄さえ越えれば希望がある。そう確信していた。

突然現れて村の殆どの命を狩った男はまさに気が触れた男が求めた死神だったのだろう。それ以降村を苦しめた病は消え、地獄を乗り越えたぼくらはまた小さな集落を作り死神を崇めた。

あれ以降死神様が現れることは無かったが、国への恨みと死神崇拝は深く根を張り残り続けることになる。

この話をすると村の外の人間はまさに死神だと口を揃えて言う。助けるなら命を奪わず全員助けてくれたらいいのに。ぼくの言いたいことは伝わらない。
国はぼくらを見捨て、死神様は病に侵された人を葬ることで村から病を取り除き救ったのだと。
あの日死神様を目にした村人は皆病にかかることもなく長寿を全うした。ぼくもまたその後を追う。
願わくばぼくの魂を狩にくるのは彼であって欲しいと願う。



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