2 いくつかのポイントを周り、撮影とサンプルの採取を行った。どこだろうと海は変わらず美しい。 「君はとても海に詳しいな。今回は助かった。ありがとう」 「いいえそんな! 専門家の方に比べれば私なんて」 「知識の仕入れ方が違うだけだ」 空条承太郎はサメやクジラの研究で有名な男だ。いくつかの論文にはマリアも目を通し、とても感心させられた。 インストラクターには必要の無い知識と言われるかもしれないが、海を仕事場にする人間として少しでも知っておいた方がいいと思ったのだ。 「……そう言っていただけると嬉しいですね」 マリアは照れくさくて少し笑った。船の上は少し揺れる。広がっているのはコバルトグリーンの海だ。承太郎も少しだけ笑い、美しい波間を見つめている。 「これは個人的興味なので、答えたくなければ答えなくてもいいんだが……」 マリアと承太郎の視線が交わる。男の目はマイアミの海の色に似ていた。 「君はなぜ、今の仕事をしようと思ったんだ?」 「んー」 マリアが少しだけ考える。記憶をたぐってすぐに思い当たることがあった。 それは幼い頃の記憶。はじめてマイアミを訪れた時の。 「……私、海のない町で生まれたんです。だから最初に海を見たときすごく感動した。ずっと見ていたいと思った」 白い砂浜に美しい海。海原は時間や光の加減によって青にも緑にも変わる。どこまでも広がる波の下には別世界のような風景が広がっているのだ。 「だから、私この仕事をしているんです」 「そうか」 返事をしてくれた承太郎の声はどこか嬉しそうだった。彼女は背の高い男を見上げて尋ねかえす。 「承太郎さんは、どうしてこのお仕事を?」 「昔母親が高熱を出して生死の境をさ迷ったことがある」 突然重い話をされて面食らった。マリアがなんと言うべきか迷っているあいだに、男はなんでもないことのように淡々と話を進めていく。 「高校の時友人が3人死んだ。母は生きていてくれて、友人たちは死んでしまった。その違いはなんなのかわからなかった。海は生命が生まれた場所だ。長く触れていれば、なにかわかるかもしれないと思った。人の生と死、生きる事と死ぬことの差。それから、命はどこからきてどこに行くのか……」 マリアは直感で、きっと理由をすべて話していないのだろうと悟る。それでも彼女には、彼が話した理由以上に話しづらい動機を想像できなかった。 なかなか複雑な動機だ。 「深いなぁ……私の理由なんてすごく浅い」 「君の理由のほうがまっとうだし健康的だ」 船が港についた。まず先に承太郎が下りて、マリアに手を貸してくれる。ふたりで陸に降り立つと、長時間船に乗っていたせいで足元がすこしふわふわした。 承太郎が口を開く。 「ずっとこの町にいるのか」 波の音が聞こえてくる。磯の香りがする。 「ずっとここにいるつもり。海の傍で一生過ごしたいの」 「そうか」 承太郎がマリアに背を向ける。白いコートが風にはためいた。 「また来る。その時は、よろしく頼む」 マリアが笑って手を振ると、承太郎も手を振り替えしてくれた。 [しおりを挟む] 目次戻る |