2 その家は小高い丘の上に建っている。風にそよぐ緑の絨毯を割るように小さな道が続いていた。丘の向こうには青い絵の具をこぼしたような海と空が続いている。 幻想的なまでに美しい風景だ。町からここまで歩き続けてきたジョセフは、一度海を見てため息をついた。 これから気の重い仕事が残っている。 ――大事な女がいるなら、先走るようなことするんじゃあねぇよ 遺書を読んでから何度も浮かんだ言葉を頭から振り払い、木のドアをノックした。 「マリア・スミスさん? 連絡したジョセフ・ジョースターですが」 「はい。いまあけます」 しばらくして扉が開く。出てきたのは白いワンピースを着た女だ。たくさんのガールフレンドがいる中で、唯一遺言の中に名前の出た女――マリア・スミス。 どこか浮き世離れした女を見て、ジョセフは一度喉を鳴らした。 気が、重い。 「こちらへどうぞ。今お茶を出します」 「いや、お気づかいなく」 リビングの大きな窓から海と空が見える。窓の縁に写真立てがいくつか飾ってあった。シーザーとマリアが映る写真。 幸せそうな笑顔のふたりだ。シーザーが生きて帰ってきたら、この幸せがずっと続いていたはずなのに。 「……マリアさん、シーザーのことで大事な話がある」 「はい。なんでしょうか」 女がテーブルにティーカップをふたつ置いた。中身は紅茶だ。ジョセフはコーラが飲みたいと思った。それか酒だ。 目の前にある陰鬱な事実を飲んで忘れてしまいたい。 シーザーが死んだことを告げれば、女はきっと泣くだろう。動転してジョセフを責めるかも知れない。今は勘弁して欲しいと思った。 なぜなら、ジョセフも自分を責めているのだから。 「――シーザーが死んだ。アンタに伝えてほしいと、あいつの遺書に書いてあったから、おれが来た」 マリアの動きが一瞬止まる。しかしジョセフの予想に反して、彼女は泣きもわめきもしなかった。 静かにティーカップをテーブルに置き、穏やかに顔をあげる。 「……そうですか。わざわざ、ありがとうございます」 「泣いたりしねぇんだな」 「なんとなくわかっていましたから」 窓から午後の光が差し込んでくる。シーザーは生前彼女になにを話したのだろう。今となってはわからない。聞けばこの女は教えてくれるだろうが、ふたりだけの思い出にしてやったほうがいいとなんとなく思ったのだ。 「あと、伝言がある。幸せになってくれ、愛しているとさ」 初めて女の肩が揺れた。しかし表情は崩れない。 「あのひとらしいわ」 温かい笑顔。マリアの視線が一瞬写真立てに向けられた。 「それをあの人が望むなら、私は必ず幸せになります」 ――その日ジョセフは、困ったことがあったらできる限り援助するという約束をして、マリアと別れた。 [しおりを挟む] 目次戻る |