家に帰るとドアの前に先客がいた。扉にもたれてタバコを蒸すその姿は、小さい子が見たら絶対泣くと思う。私に気づいたその人は携帯灰皿を取り出すと、そこにタバコを押し付けた。
「久しぶりと言った方がいいか?」
「久しぶりでもないですし、部屋に上がるのを許可した覚えもないんですが!」
「そう怒るな。真純が色々世話になったが礼も言えてないままだったろう」
「真純ちゃんのお母様から頂いてます。あ、ちょっ!上がるな!座るな!和むな!」
此処では迷惑になるからと言いくるめられ、勝手に上がられた。その上ニット帽を脱いで、こないだ出したばかりの炬燵に入る。そこは魔の領域だというのに。その上勝手に電源を入れただと?此処はお前の家か、と思わず突っ込みそうになる。
「立ち話もなんだ、座るといい」
「いや、自分の家なので座りますけど…何の用ですか?できれば早急にお帰り願いたいんですが」
邪険にしつつもコーヒーを用意する自分に拍手してあげたい。2人分のカップを持って彼の目の前に腰掛けると、フッと笑われた。解せぬ。
「赤井秀一だ」
「え、あ…世良じゃないんですね」
「あぁ…それと礼を言う」
「真純ちゃんのことなら別に迷惑と思ってないです」
「それもあるが別のことだ。君のお陰で救えた人物がいる」
赤井さんの言葉に思い当たる節がなく首を傾げる。そもそも彼にあったのは実に4年ぶりであるし、その間に人を救ったような事件にも遭遇してない。巻き込まれたと言えば油井さんの逃亡くらいか。誰かと間違えているのではと言う私の言葉に、彼は首を振った。
「1人は君がよく知る人物だ。そして彼がいたからこそ、先日のもう一人も救うことができた」
よく知ると言われて思い浮かんだのは逃亡を手伝った油井さんだった。彼もあの時は死に急いでいたようで、私という邪魔が入らなければ引き金を引いていたと言っていた覚えがうっすらとある。私の行動で救える命があったということは、実感はないけどそれなりに嬉しいというか、何だかむず痒い。
「はあ…何というか、良かったですね?」
「あぁ。有難う」
「改めて言われると変な感じがします」
気恥ずかしさを誤魔化すようにコーヒーを啜った。こういうの、なんていうんだっけ。自分の行動が意図しないところで、別のところで影響を与えることを意味する言葉があったような。
「…あ、バタフライ効果」
「日本的に言うと、風が吹けば桶屋が儲かる、かな」
「それ、若干違くない?」
私の不満そうな表情に赤井さんは喉で笑う。すっかり和んでいるが、異様な雰囲気であるとこには変わらない。友人の兄であり顔見知りとはいえ、こんなにホイホイ人を家にあげていいものだろうか。自分のセキュリティの甘さに内心頭を抱える。うーん、と唸っているところで訪問者を告げるチャイムが鳴った。
「…宅配便かな」
赤井さんに待ってるようにいい、判子を持って玄関に行く。ピンポン、と催促するようにもう一度鳴らされた。そんなに急がなくてもいいだろうに。若干イラっとしながら扉を開けたのだが、開けなきゃよかった。
「よ!久しぶりだな、依!鍋食べようぜ」
買い物袋を片手に持った諸伏さんが、笑顔を浮かべて立っていた。帰れ。