習慣化の恐ろしさ

「バーボンには相変わらず睨まれてんのか?」

「あぁ。変わらず当たりが強い」

「…なんでいんの?」

何故か私の家で会議を始めている2人に、肺の奥深くから溜息を吐いた。これだから潜入捜査官は。久しぶりにカフェを開け、山のような注文はなかったけれどそれなりに働いて怠い足を引きずりながら帰ってきたら、他人が家に上がり込んでいる状況に遭遇した私の心情を考えてほしい。そもそもカギはきちんとかかっていたはずだ。彼らはどこから我が家の合鍵を手に入れたんだろう。2つあったうちの1つは私が持ってるし、もう1つは確か袋に入れて冷蔵庫に。

「おかえり、依。邪魔してるぞ」

「鍵の置き場として冷蔵庫はやめておいたほうがいい。ありがちな隠し場所だからな」

「まあ俺たちなら合鍵なくても入れるけどなー」

「もう少し防犯を意識した鍵に変えたらどうだ?」

「…ご忠告有難う。勝手に邪魔しないで。そしてさっさと帰れ」

「あぁ、冷蔵庫に何もなかったから食材買っといたぞ。お前もう少し生活改善しろよなー」

「少しくらい膨よかな方がモテるぞ」

「大きなお世話よ!」

我が家の炬燵が気に入ったのか、不法侵入者2人は炬燵でくつろいでいる。しかもその手には食器棚にしまっていたマグカップを持ち出し、コーヒーもちゃっかり入れてるとは何事。本当にやめてほしい。度重なる行為に警察に通報しようとも思ったけど、国は違えど2人とも警察官であることに気づいて頭が痛くなった。萩原さんや松田さんを見習ってほしい。そう思いながら今日は何を食べようかと冷蔵庫を開けた。

「…ねぇ、諸伏さん。このお肉の量は何かな?」

「焼肉しようと思って買ってきた」

「代金は気にするな。俺が出しておいた」

ホットプレートどこだっけ、とキッチンに向かう諸伏さんの服を引っ張って止める。この前の鍋といい今日といい、お前ら本当にいい加減にしろと叫びたくなった。お肉代は赤井さん持ち?当たり前だそんなの。こちとら場所を勝手に提供させられているんだから。お願いだから、我が家をネズミさんの塒にするのはやめて。

「あなた達本当にさ、私の迷惑とか考えてくれないかな」

「悪いが、景光と会うのは依の家が一番安全でな」

「赤井はただでさえマークされてっからな」

じゅうじゅう、とお肉から脂が出ていくいい音がする。結局3人でホットプレートを囲んでいるこの図はいかに。換気のために少し窓を開けているが、怒りで寒さなんか吹っ飛んでいた。分厚いタンを口の中に放り込むと、絶妙な甘さと歯応えが口に広がる。赤井さんオススメの精肉店というだけあり、味からして高級感ぱネェ。かなり値が張るものなんじゃないだろうか。

「おいひい…」

「だろ?流石高給取りは違うよな」

「景光も変わらないだろう」

「お前と比べたら月とスッポンだろ?今はまあ昔よりはいいけど結構下っ端だからな。それ以前にアメリカと日本じゃスケールが違うんだよ」

日本は予算のつけ方からケチだと不満そうに肉をひっくり返す諸伏さん。そうだよね、公安なんて人少ないわ、サビ残も甚だしいわ、家族にさえ捜査内容も所属も言えないんだもんね。日本人の単時間当たりの生産量ってかなり低いって聞いたことあるけど、国家公務員はその比ではないだろう。相変わらずお役人は大変だなあ。それに比べてアメリカは組織のスケールからして違うし、貰えるお給金だって相当違いそうだ。ごっくんと、お肉を堪能しつつ、ピッと箸を赤井さんに向ける。行儀悪いことは知ってるけど、これだけは言わせて。

「餌付け作戦には乗らないからね」

「そうか、残念だ」

「何、真顔で残念とか言ってんの?否定してよお願いだから」

「もう遅いだろ?赤井が買ってきた肉食ってる時点で、依は口止め料もらったことになるし」

「詐欺だ!そんなの詐欺だ!」

「落ち着け。ほら、カルビだ」

「乗せるな、よそうな、食わせるな!」

「ハラミもここに置いとくな」

「やめて!本当にやめて!」

皿に乗せられていくお肉たち。いい匂いを纏わせて滲み出た脂もツヤツヤしてて、誰が見たって美味しいとわかる子たちだ。でもこれを受け取ったら後には引けない。もう既に何枚か食べてしまっているが、それはまた別の話だ。赤井さんも諸伏さんも私を巻き込もうとする魂胆だったなんて…知ってはいたけど、了承はしてない。

「本当にさ、私は一般人な訳だよ?なのにどうして貴方達は私を引き込もうとするのかな?」

「いや、俺たちに関わった時点で既に関係者だろ」

「敵の目を欺くには一般人の協力者も必要なんだ」

「悪いけどビゥロウと公安の常識は、私には通用しないから」

2人して何驚いたふりしてんの。まじでこの人たちの思考回路が分からない。大袈裟に溜息を吐けば、慰めるか如くお皿にお肉が乗せられた。おい、学習しろ。