「赤井、そういえばあの子とはどうなったんだよ」
「あの子?」
焼肉パーティもお開きに近づいた時、はたと諸伏さんが赤井さんに問いかけた。急な質問だったようで赤井さんも何の話か分からず、バーボン片手に首を傾げている。
「ほら、いただろ?赤井が組織に潜入するときにいい仲になった子だよ。この前再会したんだろ?」
「あぁ、明美か」
「…赤井さん、恋人いたんだ。意外」
「おい、依。どういう意味だ」
睨まれた気がするけど、へらっと笑ってスルーした。どちらかといえば仕事一途で恋愛ごとには興味ないように見える赤井さんだったけど、そこはちゃんとしてるらしい。赤井さんも男だったというわけだ。
「期待に添えず申し訳ないが、どうにもなっていない」
「贅沢な奴だな。何やら含みを持ったメール来てたんだろ?」
「情報が早いな。提供元はどこだ?」
「さぁて、何処だったかなー」
「何でより戻さなかったの?」
諸伏さんのおとぼけを差し置いてズバッと聞いてみる。滅多に無い男性陣の恋バナを聞くチャンスだし、赤井さんという人物を知るにも彼の恋愛話には興味がある。これから面倒に巻き込まれるのだからこれくらいの楽しみは許してもらわないと。興味津々と身を取り出した私を一瞥した赤井さんは、ふう、と勿体ぶるように溜息を吐き出した。
「確かに彼女に対して巻き込んでしまった負い目もあったが、情もあった」
「ほうほう」
「ただその情は恋情というよりも家族愛に近い…自分が抱くものに違和感が拭えなかったのも事実だ」
カラン、とショットグラスの氷が音を立てる。家族愛も愛情という情の1つだ。恋人に対しては恋情でも愛情でもどちらと言わずに湧くものなのに、何が赤井さんを躊躇わせたのか分からない。諸伏さんを見ても私と同じようなことを考えているのか、複雑そうな表情を浮かべていた。
「じゃあ結婚して家族になればいいんじゃ無いの?どんな形であれ、好意はあったんだから」
「難しく考えすぎなんだよ、赤井は」
「フッ…まあ待て、話には続きがある。実は先日、あることが分かった」
「何?やばい話?」
「彼女が妊娠でもしてたか?」
「うわ!見た目以上に手が早い!」
「…お前らな、もう少しまともな回答はないのか。依はあとでゆっくり話そう。覚悟しておけ」
「それはお断り。いいじゃん、どんな結果でも軽蔑はしないからさ!お祝い金弾むし」
「彼女とは従兄妹だった」
沈黙、後、絶叫。今日だけで叫ぶのは何度目だろうか。そんな私たちの反応に、ニヤリと笑う赤井さんは愉快そうにバーボンを煽った。
「は?!何、お前ら従兄弟だと知らずに恋人になったってこと?!」
「元々は潜入のために近付いたフェイクだからな、そういうこともあるだろう。付き合ううちに情が湧いたのは事実だが…従兄弟だと知って妙にしっくりきた」
「本当にあるんだ、そういうこと。でも従兄弟ならセーフじゃん。結婚できるよ」
「依はいい加減そこから離れろ。俺の中で明美は真純と近い立ち位置なんだ。目が離せない妹に近いな」
差し出されたショットグラスにバーボンを追加する。悲しんでいると思いきや、何故か赤井さんの表情は晴れやかだ。メールを送ってくるくらいだ。元恋人の明美さんはある程度本気で彼を想っていただろうし、従兄弟だと知ってショックだったに違いない。
「何かの間違いじゃなくて?」
「正真正銘の従兄弟さ。確かな筋から確認も取れている」
「うわ…不憫というか残酷というか…赤井、今に天罰が下るぞ」
「そうかもしれんな。ただ明美も存外落ち込んではいない。寧ろ無くした家族が増えたと喜んでいた」
「そうか、ならまだいいか。…複雑なことには変わりないが」
多分これでよかったのだと、納得する2人。馬鹿だなあと思う。本気で好きだった人を従兄弟だと分かったからといってそんなに直ぐ切り替えが出来るわけないのに。好きだからこそ、その人に負担をかけまいとするのだ。突然そんな話を聞かされても、悲しみを悟らせなかった明美さんは本当によくできた女性だと思う。
「…悟られないようにするのが女の子なんですよ。それも分からないなんて、2人ともまだまだですねえ」
ため息まじりにそう呟けば、驚いたような4つの目がこちらを向いた。それらににこりと笑顔を返す。私は可愛い子の味方である。よって、悲しんでないなら良かったと、女心が分かっていないこの2人には心底怒りしか湧かないのだ。
「お前ら、母親の胎内から出直してこい」
ワントーン下がった声。急に下がった部屋の温度にびくりと2人とも肩を揺らした。
「あの、依さん?」
「怒る場面はなかったと思うが…」
「おい、馬鹿…っ煽るな!」
2人のやりとりは溜息が出る。これ以上火に油を注ぐまいとあたふたとする諸伏さんも、私が怒る理由がイマイチ分からずキョトンとする赤井さんも、今後の為にもう少し女性学を学んだ方がいいんじゃないかな。そう思った焼肉パーティな夜だった。