くたびれた猫

「撮られたかもしれねぇ、だと?」

「へい。ただ、可能性があるってだけで確認は取れていないんです」

ツレの男からそう聞かされた銀髪の男は、考えるように煙草を吸い込んだ。秘密裏に行われたはずの取引現場に一般人が紛れ込んだらしい。紛れ込んだと言ってもその区画にいたというだけで取引自体を見られていたわけではないが、問題はそこではない。なんとその人物は首からカメラを下げていたというのだ。データとして残ってしまうのは1番厄介であり、その上本人もそれに気づかず人の手に渡るなんてこともあり得る。闇に暮らす者にとっては最も避けたいことだ。今回現場を撮られたという確証はないが、可能性は大いにある。頭の痛い問題には違いない。

「目星は付けてあるんだろうな?」

「勿論ですぜ。ただ家も探りましたが何も出やせんでした」

「引き続き探れ」


***


「確かに美味しいですね。教えてくださって有難うございます、コナン君」

カウンター席に腰掛け、和かな雰囲気で珈琲を味わっている男性。少年探偵団のコナン君とお店に来たその人は、ピンクの髪をした糸目の男性だった。見るからに理系男子であるその人は、何と東都大学大学院の工学部に通う超スーパーエリートイケメンであるらしい。コナン君、色んな人に此処を広めてるわけじゃないよね?そうよね?

「でしょー!博士と前に一回来て、美味しかったんだよね」

彼の隣に座るコナン君の手にはミルクたっぷりのカフェオレ。君、前来た時ブラック飲んでたよね、何なの、彼の前ではお子様モードなの?怪しすぎるよ。まあ、一応個人情報だしバラすつもりはないけれども。ふむふむとコナン君の話を聞いていたその人は、ついっと糸目を私に向けた。これ、目が合ってると思っていいのかな。

「どのように豆を仕入れているんですか?」

「懇意にしているバイヤーや卸から直接。買う前は必ず試飲します」

「成る程、こだわっていらっしゃるんですね」

にっこりと微笑まれて、有難うございますと返す。イケメンの微笑みはほら、あれなんですよ。心臓に悪いんです。お代わりをお願いされて、悩んでいた他の豆も試飲として出してしまった私は悪くない。悪いのはその気にさせたイケメンである。これじゃあ商売も上がったりだ。嬉しそうに、美味しそうに飲んでくれたので後悔はしていないけれど。

「そういえばさ、依さんどこ行ってたの?」

「ん〜北海道だよ。阿寒湖の観光と酪農家の家」

「え、なんで?」

「ん〜新しい素材探しかな。酪農体験してたの」

そのカフェオレも、仲良くなった酪農家から仕入れたんだよと伝えると呆れたように笑われた。多分、1ヶ月もいなかった理由が、単に酪農体験をしていたからと言われて出た表情なんだろうけど、商売人にとっては素材探しは常にやっておかなければならないことなのだ。たとえ探しているものに巡り会えなかったとしても、出逢った人とは縁を結んでいる。それが後々功を奏すこともある。

「1ヶ月も?」

「うん。初めは傷心旅行だったんだけど、いい生乳に巡りあえた途端食材を探す旅になったよね」

「傷心旅行?何かお辛いことでもあったんですか?」

「ええ、まあ。ちょっとした知り合いが亡くなりまして…」

「…」

「好き勝手する困った人だったんですが、振り回される時間も結構好きだったんだって後から気付いたんです」

気付いた時にはもう遅いのだけれど。力なく笑った私に、2人とも黙ってしまった。やだな、もうそんなに落ち込んでもないし、暗い雰囲気を出すつもりじゃなかったんだけど。カップをソーサーに戻した沖矢さんが穏やかな声でそっと聞いて来た。

「…何故、阿寒湖なんですか?」

「…うーん、あんまり意味はないんですか、強いて言えば色ですかね」

「色?」

別に火に巻かれたとか聞いたからじゃない。ただ何と無く、阿寒湖に転がるマリモは赤井さんを連想させたのだ。あの深い緑色が似ているのか、何故そう思ったのかは私もよく分からないけれど。でも、マリモを無性に見たくなった。だから追悼旅行は阿寒湖にしたのだ。そう説明すると、沖矢さんもコナン君も、ポカンとした、呆れたような表情を、浮かべている。どんな理由だ、と自分でも思わなくもないけど、聞いといてその顔は失礼じゃないだろうか。終いには笑い出す。一応声を出さないようにしているものの、相当可笑しかったのか、目を抑えて肩を震わせている。おい、さっきのしんみりした雰囲気はどこに行った。

「……ふ、マリモ、ですか」

「依さんって独特だよね」

「…それはどうも。でもね、コナン君、お腹を抑えて笑わなくてもいいんじゃないかな」

「だ、だって依さん、マリモって…」

「本当に綺麗な瞳だったの。可愛いところもあったしね」

絶対彼には言ってやらないけど。沖矢さんとコナン君の笑いがだいぶ治ったところで、別のテーブルから次々に注文が入った。2人にゆっくりして行くように告げ、溜まった注文をこなして行く。久しぶりに開けたからか、店内いつになく賑わっているのであまり2人とお話しができないことは残念に思う。それでも開くのを待っていたと言われると悪い気はしないので、どんどん注文を取ってしまう。でもやっぱりため込んだツケを返すのはそこそこ大変なので、あまり長期でお店を閉めないようにしようと再度心に決めた。珈琲を淹れていると注文を取り終えた咲ちゃんが、小走りっで戻ってくる。

「マスター、無線LANの調子が悪いみたいです」

「え、まじか…私電気系統詳しくないんだよね…繋がらなかったりする?」

「どちらかというと音声に雑音が入るみたいで…」

「えー…それってLANじゃない気がするけどなあ…」

プロバイダーとの契約は切れてないし、店内の照明もちゃんとつくから電気系統の障害も特に起きてないはず。何か配線に問題があったとしてもそこらへんが疎い私が、それらをいじるはずもない。車のBluetoothがジャックされたりするのと同じように、強力な電波発している何かに邪魔されているんだろうか。そんな刑事ドラマみたいなことはないか。まあその内直ると勝手に判断し、今回は我慢するようにお客さんに伝えてもらう。そこに食いついてきたのは何を隠そう、事件大好きコナン君である。

「それって、電話の音声?」

「さあ…朝使ったお店の固定電話は問題なかったよ」

カウンター席の二人が神妙な面持ちを浮かべる。やだ、何この二人、怖いよ。LANの調子悪いだけで、事件性を見出すのは止めてほしい。コナン君と沖矢さんは歳が離れている割には話しが合うのか、同じ格好で何か考えているようだった。珈琲ならいくらでも出すから、事件を呼び寄せるのだけはやめてね、切実に。