諦観と疲労


絶体絶命のピンチ。なんてことは私の人生においてそこそこな頻度で遭遇する。今だってほら、偶々お店の売り上げを銀行口座に入れに来ただけなのに、なんでこう立て篭もりとかに巻き込まれちゃうかな。私は平和が恋しいよ。

人質の人たちが目と手をガムテープで固定されていく。そんな光景を、私はトイレに続く廊下からこっそり見ていた。だってね、このままでて行ったら捕まること確定じゃん。それが分かってるのに態々出ていかないって。かと行って女子トイレの個室にずっといるわけにもいかない。犯人たちの動向を見つつ、ある人に連絡を取ることにした。

「依ちゃん、無事?!」

「ちょっ、萩原さん声大きい!!松田さんに変わって!」

「酷い!」

連絡をしたのは市民の強い味方、警察のお二人だ。ヘルプミーという簡潔な文面でメールを送ったのだけど、思いの外萩原さんが取り乱してたので驚いた。電話口で何かを叫んでいたけど犯人に聞こえたらそれこそ終わりだ。ここは冷静な松田さんをチョイスしたい。

「依、状況を説明しろ。これだけじゃ分かんねぇだろ」

「今帝都銀行に売上金を振り込みに来てたんだけど、丁度銀行強盗に遭遇しまして…助けて欲しいなーって」

「あぁ…さっき入った一報ってそれか」

「拳銃持ってるし、変なアタッシュケースが、4つ?くらいある。あれっで爆弾かな?」

「見たわけじゃねぇから何とも言えねぇけど…どんな状況だ」

皆一か所に集められて目と両手がガムテープが巻かれていることと、犯人に言われて支店長らしき人が一人でお金を用意していることを伝える。あとは、と口を開きかけたとき、外国人女性が犯人グループにトイレを所望していた。あ、やばい。これこっちに来るパターンだ。慌てて女子トイレの個室に戻り、便座のふたを閉めてその上に乗る。話し声は女子トイレを通り過ぎて隣の男子トイレと消えていった。ほっと息をついたが、通話中の携帯から、心配でたまらないというくらいの萩原さんの声とそれをあきれながらなだめる松田さんの掛け合いが聞こえる。

「おい、依どうした」

「松田、もう心配だから俺たちも現場に行こう。それが一番の解決策だと思うね」

「ちょ、待て萩原ァ!出動命令出てないだろ」

「あー…うん、今危機は脱したからひとまず大丈夫。とりあえず萩原さんは一回落ち着こうか」

犯人がトイレから出て行ったのを見計らいもう一度廊下に出たところで、なんとお店にちょこちょこ来てくれる少年探偵団の諸君にあった。奇遇だね、少年少女!あ、店長さんだ!と駆けてきてくれるあゆみちゃんマジ天使。この殺伐とした状況での唯一の癒しだよ。

「依さんも来てたんだ」

「うん。出るに出れなくて…コナン君たちは何してるの?」

「僕たちで強盗団をやっつけるんです!」

「俺たち少年探偵団がやるっきゃねーんだ!」

「…うん?」

ごめん、お姉さんはお話についていけないよ。何も小学生なんてまだ若いのに自ら危険に飛び込まなくたっていいじゃない。ここは警察とか専門職に任せたほうがいいと思うんだけどな。そしてよく分からないままトイレットペーパーを廊下に敷き詰める作業に駆り出される。あ、電話はもうめんどくさいから通話中のまま反応してない。その間にコナン君が電話でおびき出した犯人をもう一人犯人を仕留めてた。少年探偵団の行動力が半端ない。ひやひやしながらことを見守ってる私の身にもなってほしいけど、それはかなわないんだろうな。犯人をホースで縛り終えたところで、コナン君の大人顔負けの推理ショーが始まる。なんと支店長さんに要求していたお金はアタッシュケースに入れるつもりはなく、アタッシュケースの中身はやっぱり爆弾と推察されるらしい。うわー…最悪。

「…てことらしいですが、聞いてました?松田さん、萩原さん」

「あぁ、ばっちりな」

「依さん、誰と話してるの?」

「市民の強い味方、警察の人だよ。お店の常連さんなの」

「相変わらず顔広いんだね…」

「それほどでも。松田さん、萩原さんどうすればいいですか?」

「とりあえず個室に放り込んで爆発させるのが一番だな。ボウズの話を聞く分だと爆発までそんなに時間なさそうだし」

「なるべく台車とかに纏めて乗せて運んだほうがいいよ」

「さすが、プロは違うね〜」

エレベーターがあればその中に入れてしまえとのこと。コナン君は、分かった!と可愛く発言していたけど、その顔嘘だろ…絶対取るべき行動分かってたよね、と内心思った。犯人が金庫を爆発させる、みたいなことを大声で言ったことを皮切りに、歩美ちゃんと私にエレベーターの扉をあけっぱなしにするよう言うと、男の子3人は走って行ってしまった。子供なのに瞬時に役割分担を考えて、かつ指示を飛ばせるってだいぶすごいと思う。

「コナン君ってすごいね」

「そうなの!コナン君にできないことなんてないんだよ!」

「今どきの小学生ってスペック高いんだ」

すごいなあ、と感心していると、爆弾を乗せた台車が戻ってくる。そのままエレベーターの中に押し込み、閉まるボタンを押して準備完了。扉が閉まると同時に、中で爆発が起こった。緊張と不安が混ざった溜息を一つ出して、電話の向こうにいる二人にとりあえず問題なく処理したことを伝えた。

「二人ともありがと〜」

「相変わらず変な引き持ってるよな、お前」

「うるさいよ、松田さん」

「何はともあれ依ちゃんにけががなくてよかったよ。あとは警察が突入するまで大人しくしてること!」

「はーい」

あとはこっちに来てる警察に動いてもらえばいい。そう思って電話を切ったんだけど、少年探偵団が大人しく突入を待ってるなんてありえなかった。気づいたら犯人に話しかけてるんだもん、どんだけ心臓に毛が生えてるんだ。この後、コナン君に論破された犯人グループが、発砲するとかまたひと悶着あり、それを人づてに聞いた爆弾処理班の二人に心配させた罰だとコーヒーをおごらされる羽目になるのはまた別の話。