大衆アパシー

自慢ではないが私のお店にはそれなりに外人の方もいらっしゃる。ギンさん然り、ベルさん然り。それも日本語が達者の方が多いので、珈琲を提供するにあって不自由を感じることもなく、それどころか他愛もない話だってできるため、私としてはとても楽しく過ごせている。
ギンさんの綺麗な顔、ちょうど頬骨の辺りに抉られたような傷が出来たのも記憶に新しい。その日は機嫌も頗る悪かったので、恐る恐るどうしたのか聞けば、野犬に噛まれたと言っていた。野犬噛まれる仕事ってなんだろうと思いつつ、狂犬病には気をつけてねと言えば、彼はそんなものに罹るかよとばかりに鼻で笑いながら珈琲を飲んでいた。心配してあげたのに素直じゃないんだから。
まぁそんな話はさておき何が言いたいのかと言われれば、私のお店が外人のお客様の間でも密かに人気が出てきているという自画自賛だったり。


「へえ…此処が」


珈琲豆の香ばしい匂いがお店に充満する店内に、太く響くような声が響いた。はっとして焙煎機から顔を上げると、がっしりとした体格の、金髪の男性が立っている。吃驚した。お店のベルが鳴らなかったように思うけど、私の勘違いだろうか。金髪といえば安室さんだけど、優しげな風貌を持つ彼とは似ても似つかない。


「すみません、気付かなくて…初めてですか?」

「あぁ。知り合いが来てるらしくてな…気になって来て見た」

「そうなんですね。じゃあこちらへどうぞ」


つり上がった眉から受けた印象は怖そうな人だったけど、話してみると意外と気さくな人っぽい。常連さんのお友達ということで最初に抱いてた警戒心とか恐怖感は全部まるっと無くなった。警察組が知ったら怒られそうだ。


「お好きな豆とかありますか?」

「いや、ねぇな。此処は酒は出さないのか」

「お酒は出してないですね。お酒も確かにいいんですけど、雰囲気酔いというか絶対1人じゃ回らなくなるので…」

「成る程。じゃあその珈琲とやらを選ぶか」


そういってぺらぺらとメニューを捲り始めたその人は、少し悩んでホンジュラスを注文した。ちょうどさっき焙煎が終わったばかりなので、新鮮なものを出せそうだ。
この人に限ったことでは無く、ここは日によっては夜空いてることもあるためてっきりbarだと勘違いしてお店に入るお客さんも確かにいる。飲んで帰ってくれる人もいれば、そのまま回れ右をする人もいるしここを気に入るかどうかはまた別の話になるのだが、果たして彼はどちらだろうか。


「はい、お待たせしました」

「本当に珈琲だけなんだな」


感心したようにそう呟いてそっとカップに手を伸ばす。軽食代わりに外はサクッと中はしっとりな珈琲請けを提供すると気が利くなとほめてくれた。それほどでもあります。珈琲しか出せないのでこれくらいの趣向は凝らさないと、飲食業界をやっていけない。


「…ほう。確かに中々いい腕だな。あいつが気に入るわけだぜ」

「えへへ。お代わりは遠慮なく言ってください」

「奴にバレると怒られそうなんでね、俺が来たことは内緒にしちゃくれねえか?」

「分かりました。その代わり珈琲気に入ったらお知り合いの方に内緒でまた来てくださいね」


彼が言う知り合いは誰か知らないけど、取り敢えず頷いておく。気に入ったら来てやるよ、と上から目線な言質も頂いたので、しっかり捕まえておかねばと入荷したばかりの別の豆でもう一杯サービスしておいた。
こっちは試飲用です、と差し出すと彼は目を丸くして、海外なら足元見られるぞと警告してくれたけど、生憎ここは日本である。気にいる豆ができるなら再来店の理由にもなるし、損して得取れってね!私も新規のお客様を開拓するのに必死なんじゃ。


「遠慮せずどうぞ〜」

「お人好しめ…」

「初来店の方は結構悩まれますからね。頼んだものが嗜好に合わなかったりするとせっかく頼んだのに、ってなるじゃないですか」

「選んじまった本人のせいだとは思わねえのか?」

「拘って珈琲飲む方は多くないので。専門店って言うだけでも分からないことの方が多いのに、そんな中から選ばせるんだから私にも非はあります。それにその時は偶々合わない珈琲飲んだだけなのに、それが原因で嫌いになられたら悲しいじゃないですか」


珈琲好きならともかく、その日偶々このお店に来て、その人には合わない珈琲を飲んでしまって二度とお店に来ないとか悲しすぎる。何よりお店にマイナス印象を持つだろうし私にとってもいいことないのてある。なので積極的に試飲用だったり、選択したものとは異なる風味の珈琲を提供していた。
お店の評判は控えめにいっても、某グルメサイトでも4つ星に近い。コメント欄に、休みが多いのが玉に瑕と書かれてて若干凹んだけれども。金髪さんは呆れ顔をしながらも、止まる事なく珈琲カップを傾けてくれている。お、気に入ったか?


「物好きだな」

「うーん、私は結構打算的ですよ」


お店もやっていかないといけないし、実際には売り上げに影響ない範囲でのサービスしかしていない。彼はまだ信じてないようだったけど、言っても無駄だと思ったのか静かに珈琲に集中していた。失礼だな、おい。