「え?協力してほしい?」
久しぶりにコナン君が来たと思ったら、今日はどうやら一人での来店らしかった。大人ばかりがそろうこの喫茶店で子供が一人で来ていることもさることながら、カウンター席に我が物顔で座っている姿はやや周りからも浮いている。そんなことを露とも気にしない彼は、私の言葉に大きく頷いた。簡単なお願いなら聞いてあげられるけど、ややこしいことに巻き込まれるのは勘弁してほしいな。
「依さんにもちょっと口裏を合わせてほしいんだ」
「それくらいなら構わないけど…誰に対して?」
「安室さんって人知ってる?」
彼の親御さんか親代わりのあの名探偵に対してかと思ったら、まさか安室さんときた。露骨に嫌な表情が出てしまったのを見逃さなかったコナン君は、お願い、と可愛く両手を合わせてくる。安室さんに対していい思い出はないし、あの動物並みの嗅覚を持つ彼にかかれば私の言葉など基本嘘だと認定されてしまうから、果たして効果があるのかどうかすら怪しい。
「うーん…彼もこのお店に来るんだけど…」
「来るの?!安室さんが?!」
「うん。なんか最近珈琲の勉強をしたいとか言って来るよ」
「…他に何か言われなかった?」
「うーん…何となく探られてるような気はするけど…ほら、ここ色んな人が出入りするでしょ?探偵業か何かで目に付いた人でもいるのかなって思ったんだけど…」
探ってくる安室さんに対して、私はいつもひやひやしながら珈琲を用意する。油井さんの生存を知られるわけにもいかないし、私が安室さんの職業を知っていることも悟られてはいけないと、油井さんに口を酸っぱくして言われている。後者についてはこの前ばれてしまったけど、情報の出どころは松田さんということにしておいたのでセーフだと信じてる。他には何か聞かれなかった、と焦りながら聞いてくるコナン君。子供のくせに危ないことに首突っ込んでるように感じるのは、私の気のせいであってほしい。
「あとは沖矢さんについて少し」
「なんて答えた?!」
「ほかのお客様の情報は教えられませんって。シャーロキアンってことくらいは話しちゃったけど」
「…そっか」
「焦るような秘密があるの?」
「いや、そんなんじゃないけど…赤井さんのことは?」
「…コナン君も顔広いねえ。今と同じ質問はされたかな」
まさかコナン君と赤井さんが知り合いだなんて思っていなかった。というか私が赤井さんと顔見知りだってこと、よく知ってたねと言うと赤井さんから聞いたんだ、と言われた。世間はやっぱり狭いようだ。話は脱線したけど、コナン君曰く安室さんには沖矢さんの情報も赤井さんの情報も流さないでほしいとお願いされた。心配しなくてもプライバシー保護法に引っかかるようなことはしないから大丈夫だよ。そんなに口が軽いと思われていたとは、少しショックである。
「ところかまわず人の情報流さないから安心して」
「うん。あとね、知らない顔の警察が来たら気を付けて。もしかしたら依さんも目をつけられてるかもしれないから」
「なにそれ怖い。そもそも顔知らないのに警察かどうかも分からなくない?」
「大丈夫だよ。依さんにはナイトがいるみたいだし」
誰の事?と聞き返すと、笑って誤魔化された。コナン君、その笑顔が通用するのはあと数年だけだよ。とりあえず常連さん以外は気を付けることを約束した。とはいっても、安室さんは来ると思うんだけどね。あの人の追及は私も胃が痛くなるからできれば避けたいんだけどな。
「守られるようなこともないと思うけどな」
「どうかな。依さんはたぶん、自分で思ってるよりも踏み込んじゃってると思うよ」
そう言って足をプラプラしながらカフェオレを飲むコナン君に不安しか抱けない。何に踏み込んでるっていうの。悲しいことに赤井さんはいないし、油井さんが家に来る頻度はめっきり減ったし私としては、漸く日常を取り戻しつつあると思ってたんだけど。コナン君の口ぶりはもう一波乱あるような気持ちにさせる。やめて、これ以上私の心のライフを削らないでほしい。それにしてもすごい念の押しようだ。コナン君にもそんなに安室さんに探られたくない秘密があるんだろうか。私立探偵と大人顔負け度少年探偵団は結構仲良くできるようなイメージだったんだけど。
「うーん…私としてはどうしてコナンくんがそんなこと言うのか不思議だよ」
「それは…」
「赤井さんと沖矢さんも関係あるの?」
畳み掛けるように聞けばコナン君の表情が曇る。話したくても話すべきじゃない、そんな表情をして黙り込んでしまった。うーん、そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけどな。私が不思議に思ったのは、唯の小学生が秀才の大学院生と知り合いだってことと、FBIの赤井さんとも知り合いだったってこと。普通に暮らしてたら関わる機会なんてないと思うけど。もしかしてコナン君は唯の小学生ではないのか。
「ねえ、コナン君」
「な、何?」
「君って本当に唯の小学生?」
顔面蒼白、冷や汗とはこの事だろう。私の質問に大きく目を見開いたコナン君はゴクリと喉を鳴らした。その顔は知られたくなかった核心を突かれてしまった何処かのスパイそのものだ。やっぱり、と一呼吸おいた私は、聞かれちゃまずい事なんだろうと思いながら彼に顔を近づける。自分の推理で導き出した答えにわくわくした。もしそうなら数々の小学生離れした彼の行動にも頷ける。今日の私は冴えてる!
「コナン君って実は、何処かの国の捜査員なんでしょ?」
「…は?」
「ほら、優秀な子は小さいうちから経験積ませて英才教育するっていうじゃん。コナン君も訓練で日本に来たんでしょ?」
「えーと…うん、まあ…」
アハハとから笑いするコナン君は若干疲れた顔をしていた。私にバレてしまったことで何かペナルティをもらうのではと心配でもしているのだろうか。でももしコナン君が捜査員の卵なら赤井さんと顔見知りでもおかしくないし、捜査協力の過程で沖矢さんとも知り合ったと考えれば全然おかしいところはない。江戸川コナン、なんて名前も常人とは思えないしね。日本の小学生に混ざって学生生活を体験しつつ、常に出される課題に取り組んでいるに違いない。すでに知識レベルは小学生のそれを逸脱しているというのに、周りのレベルに合わせてもう一回学習するのは結構大変なんじゃないだろうか。
「なんか小説みたいですごいね!私応援する!」
「…依さんがいいならもうそれでいいよ」
「きっと君なら大丈夫だよ〜そんな大変な日常に身を置いているコナン君に、今日は私がおごってあげよう!」
「…ありがと。取り合えず僕との約束忘れないでね」
はい、お代わりをどうぞとほとんど中身がなくなったグラスを下げて、新しいカフェオレを出してあげた。そんな私にコナン君はやや呆れた表情を浮かべつつ溜息を吐いている。約束通り、コナン君のこともその他二人のことについても口外はしないから安心してくれ。何だかな、と呟いた彼は不安要素をたっぷり込めた視線を向けてきた。解せぬ。