とまらないもの



おかしい。なぜ私の家が男所帯みたいになっているのか。食べ盛りの男の子をたくさん抱えた家庭のお母さんはこんな感じなのかな。毎日ご苦労様です。

「なまえ、コップが足りねえ」

「当たり前だよ、一人暮らしなんだから…買ってくるからちょっと待ってて」

「あ、だったらつまみも足りなくなりそうだから俺も行くよ。一緒に行こ〜」

「ありがとう、萩原さん…でもあの3人を家に残すのは不安だ…」

勝手知ったる様子でリビングをパーティ会場というか居酒屋にして行くウイスキートリオを見ながら、両手で顔を覆う。なぜこんな状況になっているかというと、遡ること数十分前。寝ぼけ眼で玄関を開けてしまったところから始まる。学習しない頭だってこと、自分でも分かってたよ。よく確認もせずに開けてしまったところ、油井さんと赤井さんが両手にビニール袋を下げて立っていた。すぐさま脳が覚醒し、物凄い勢いで玄関を閉めたのだけど、動く速さは現役捜査官である2人の方が当たり前のように上だ。ドラマでよくある、足を扉に挟むアレをやられこじ開けられた。もうその時点で私の敗北は決まったようなもの。あれよあれよという間に部屋に上がられ、気付けば私はビニールに入ってた食材を冷蔵庫に入れていた。おかしい。

「ちょっと待って、この量の肉は何?」

「焼肉するぞ」

「わぁデジャビュ。一応聞くけど何処かでバーベキューでもするの?」

「なまえの家でお疲れ様パーティに決まってんだろ。あと3人くらいくるから片付けねーとな」

「待って、油井さん待って!私の許可降りてない!」

まあ、追ってた組織が壊滅してテンションが上がってしまったことは100歩譲って良しとしよう。殺伐からの開放感で羽目を外したくなるのもわかる。でもね、そこに私を加えなくても良いんじゃないかな。机を退かし始めた赤井さんを慌てて止める。なんなのこのコンビは。私と知り合ってからやりたい放題じゃないか。

「机が足りんな」

「1人暮らしだからね。ほら、そんなに広さもないから場所かえよう」

「心配すんなよ!確か零がアウトドア用の折り畳み机持ってたから連絡するわ」

「しなくて良い!抑も組織壊滅と私関係ないよね?!なのに何で私の家?!」

「他に集まれる場所がないからな」

「お店で良くない?!」

「赤井なら未だしも俺やゼロは顔が割れたらまずいだろ」

さも当然のように言われた。公安捜査員の言い訳なんて知らんがな。そんなこと言ったら外食とかはどうしてるの。みんなお面でも被ってるの?そんな私の小言は何のその。赤井さんはホットプレート出し始めたし、油井さんは電話をかけ始めた。これはまずい。何か理由をつけて家から追い出さないと酷いことになる。無い頭を頑張って捻るけど、彼らを納得させられる理由など浮かんだ試しがない。そうこうしている間に、油井さんは電話を耳に当てながらインターフォンへ近付いた。

「え?もう下にいんの?準備がいいな、ゼロ。今開けるから待ってろ」

「開けないで!家主の許可とって!」

絶叫虚しく、静かだった部屋に1人増えた。否、もっと増えた。カメラ越しには降谷さん1人に見えたけど、いざ玄関が開けられるともう2人増えてた。ピクミンじゃないんだから!突撃☆隣の晩御飯ー!なんて可愛く言っても駄目だからね、萩原さん。唯一の常識人だと思ってた松田さんもできるならもう少し申し訳なさそうな顔をしてほしかったな。

「なまえも大変だな」

「それ、降谷さんが言う?準備万端状態でアウトドア用の机を車に積んでた降谷さんが言っちゃうんだ」

「何かあった時のために入れておいただけさ」

「はい、ダウト〜。そして何で萩原さん達も来ちゃうかな…」

「偶々降谷に会ってな。お前んちで焼肉やるって聞いて食べたくなった」

「お店に行ったけどお休みだったから、丁度いいかと思ってさ」

「何も丁度良くないし、焼肉はお店でも食べられるよ!」

にこやかな萩原さんと、取り敢えずおつまみを買って来た風な松田さん。3人だけ追い出すわけにもいかず、泣く泣く部屋に招き入れた。そして冒頭に至る。文句を言いつつ準備を手伝ってしまうあたり私もだいぶ毒されてるのは、もう分かってるよ諦めてるんだよ。赤井さん達はお酒もお肉もそれはそれは大量に買って来てくれたけど、食器が圧倒的に足りてないので仕方なく近くの大型スーパーに萩原さんと買いに走った。紙コップじゃやっぱり味気ないので、グラスだけはお中元とかでよくある6つセットの物を購入。次来るときはマイ箸とマイグラスを持参して貰おうと思う。

「じゃあ始めますか!はい、カンパーイ!」

急いで家に戻ると既にジューシーな肉汁の音と鼻腔を擽る香ばしい香りが充満していた。油井さんの号令に各々飲みたい物を注いだグラスを掲げる。乾杯って言う割には既にお酒の瓶と缶が空いてるのは気のせいかな。これ私が買い物に出てる間絶対0次会してたでしょ。

「なまえ、サラダが食べたい」

「いや、赤井さん自分で作れるでしょ。潜伏生活で手料理に目覚めたって言ってたじゃん」

「煮込み料理は粗方手を付けたがサイドは機会がなくてな。材料なら冷蔵庫だ」

「何さり気無く作らせようとしてんの。準備良すぎかよ」

セルフにしない?と提案すれば、無言のまま部屋を見渡すよう顎で促された。各自どんちゃんするくらいには出来上がってるし、この男性陣は降谷さんを除いて料理ができるとは思えない。包丁持たせると危ないやつ。さっきからお肉ばかり焼いてるし確かに野菜が食べたくなるのもわかるんだけど、焼肉の消費量もさることながらお酒の消費量すごい。これ、片付けまで手伝ってくれるんだよね?この量のゴミ出しを一人でするとか鬼だよ。溜息を零しつつ立ち上がる。

「シーチキンでいい?」

「なまえのセンスに任せる」

「しょうがないなあ…降谷さん、ちょっと手伝って〜」

キッチンに移動途中でビールを傾けていた降谷さんの肩を叩いてヘルプを要請すると、仕方ないなと承諾してくれた。もし文句があるならは私じゃなくて赤井さんへどうぞ。

「何を作るか決まっているのか?」

「うん。茹でキャベツとシーチキンのサラダ。みんなお肉食べてるからちょっとでもヘルシーにしないとね」

「へえ?珈琲だけ詳しいのかと思った」

「そりゃあ一人暮らし長いからねえ…まあ、降谷さんほどでもないけど」

「なまえの俺に対するイメージはどうなっているんだ?俺だってそこまで何でもできるわけじゃない」

私生活はそうでもない、という降谷さんの手つきはやっぱり日頃から包丁を触っているそれであるので、できるわけじゃないと言われても何ら説得力はない。

「えー…トリプルフェイスやり切ったんだからすっごく仕事人間ってのは間違ってないと思うよ」

「それしかやってこなかったんだ。できて当然だろう」

「そっか。とりあえずお疲れ様〜頑張ったねえ」

降谷さんは泣上戸だったりするのかな。話の方向が若干しんみりへ向かってしまったので、ポンポンと肩を叩いて労っておいた。他愛もない話をしつつ、二人で6人分を共同作業で進めていく。準備良く買ってあったキャベツをさっと塩ゆでした後ざく切りにして、シーチキンとトマト、キュウリを混ぜる。味付けはもうポン酢でいいか。塩分過多な気がするけどそこはもう自己管理してくれ。せっせと味を整えていると輪から抜け出した萩原さんがグラス片手にカウンターまで寄ってきた。

「なまえちゃん何作ってるの?」

「注文があったサラダだよ。はい、味見〜」

「わーい」

菜箸でちょっと摘んで萩原さんの口に持ってくと、すぐ様ぱくりと食べられた。さっぱりとして箸休めには丁度いいという感想だったのでこれで出来上がりとしよう。途端にダンッと乱暴にキャベツを切る降谷さんがいて、有難うもうそれくらいでいいよと包丁を預かる。急にどうしたの怖いよ。何故かむっとしていたので同じように菜箸でキャベツを口に運んであげたところで、松田さんもカウンターへ寄ってくる。キッチン付近の人口密集度が半端ない。物はできたし持ってくから寄ってこなくていいよ。

「何してんだよ」

「なまえちゃんにサラダ食べさせてもらってた」

「ガキか」

「松田さんも食べる?」

「食う」

あ、とやっぱり口を開けるのでやれやれと思いながらもキュウリを口の中に放ってあげる。キッチンで餌付けしてたら一向に運べないんだけどな。

「美味しいでしょ?降谷さんと初めての共同作業…いたっ!何で叩くの」

「馬鹿なこと言ってないで運べ。ここで全部食べる気か」

「はいはい。じゃあせっかく来てくれたから萩原さんと松田さん、配膳よろしく」

「はーい。じゃあ取り皿持ってくね」

「降谷、お前何でもできすぎて怖いわ」

「一人暮らし長いしこれくらい普通だろ。体が資本だしな」

「あ、降谷さんも先に戻ってていいですよ。ここ片付けてから合流するんで」

酔いが回ってからでは片付けるのが億劫になるだろうし、皆きっとこのまま泊まっていく気がする。そうじゃなきゃ浴びるようにお酒飲まないよね。私の迷惑なんて微塵も考えていないであろう油井さんに目を向けると、降谷さんと赤井さんに飲み比べを吹っかけている。萩原さんも手を挙げて参加する体制をとっていた。どうでもいいけど飲みすぎてリバースするのだけは勘弁してほしいな。

「なまえ〜いつまでかかってんだよ!ワイン開けるぞ!」

「あああもう!油井さん飲みすぎ!赤井さん、煙草吸うならベランダに出て!室内禁煙です!」

「飲み比べの優勝賞品は何にする?やるからには何かないとね」

「負けたらマンション周り3周」

「単なる罰ゲームじゃねーか」

「それできるのは体力馬鹿なゼロだけだ」

「なまえの手酌でどうだ?色々とやる気が出るだろう?」

「あ、いいなそれ。じゃあなまえは審判と手酌の準備よろしく」

「しないよ、何私抜きで話進めてんの」

抗議は誰の耳にも届いてなかった。サラダの他にちょっとしたつまみも作って持ってくと、既に飲み比べは始まっていたようだ。盛り上がってる中、どこに座ろうかなと思っていたところ、目ざとく気づいたまだ素面な赤井さんに手を引っ張られて、彼と油井さんの間に座った。皆の視線が怖い。

「はい、なまえの分な」

「ありがたくないけどどうもありがとう、油井さん。これ完全にちゃんぽんじゃん。ワインとウイスキーなんて私死んじゃう」

「チューハイならあるぞ」

「あ、そっちがいい。ありがと〜松田さん」

「なまえちゃん、サラダとって」

「はいどーぞ。リクエストした赤井さん、お味はどうですか?」

「悪くない」

「素直に美味しいと言えないのか!FBI!!」

なんやかんやどんちゃんしながらも楽しい焼肉パーティが進んでいく。彼らにはいろいろ文句を言ってきたけれど、みんな揃って慰労会を迎えられて本当に良かった。2名ほど一時死んだことになってたけどね。生存を聞かされたときは随分罵っちゃったけど、あれは心配かけた赤井さんが悪い。何はともあれ、皆の笑顔がこれからも見られると思うと、すっごく満たされたような気持になった。たぶん、これが幸せってやつなんだろうなあ。うん、でも家に来るときは一報入れて、切実に。

「なまえ、そこのワイン注いで」

「…もう優勝とか関係なくね?」

ザルが多すぎて勝負にならない上に盛り上がりすぎて飲み比べ自体が崩壊するまであと1時間。そして私が記憶を飛ばす羽目になるのはその30分後である。