青春の屍を越えてゆけ



「俺たちの学生時代?」

「そそ。興味あるんだよね〜」

巡回中に立ち寄ったという萩原さんにアイスコーヒーを出しながら、ふと思ったことを口にする。この際、勤務中なのに寄っていいのかというお小言は無しにしよう。だって彼に商品を提供した時点で私も同罪だしね。珍しく疲れた様子の萩原さんを労わってあげたかったのもあるので、松田さんに怒られたら素直に謝ろう。アイスコーヒーを飲みながら夏休みを満喫できる大学生が羨ましいと零した彼に、そういえばこの人は高校卒業してすぐ警察学校に入学したということを思い出した。というか彼らの学生姿というか時代というか、何だか物凄い気になる。そもそも彼らの学生姿が想像ができない。高校は行ってるはずだから学ランとか着てたんだよね?金髪で学ランとかグラサンで学ランとか…うわあ、めっちゃ見たい。

「うーん…普通に勉強して何だかんだ卒業した記憶しかないけどなあ」

「勉強してたんだ」

「想像できない?これでも優秀な部類に入ってたんだけどね」

「えー…」

「あ、疑いの目が痛い!」

「嘘だよ〜爆弾処理班って何か特別な課程がいるんだよね?それを突破できるくらいの頭脳はあると思ってる」

「本当かなぁ…まあいいや、今度卒アル持ってきてあげる」

「ほんと?!めっちゃ楽しみ!」

松田と降谷君にも声かけとくね、と言ってくれた萩原さん。冗談半分、期待半分で言ってみたけど彼らも忙しいし恐らく流れる可能性が高い。そう思っていたけど、意外と早くその約束が果たされることになった。確かに卒アルを見たいとは言ったけど、何故会場が私の家なのか。のんびりとエアコンがかかった部屋で微睡んでいたところにインターホンがなり、重い身体を引きずりながら寝ぼけ眼で玄関を開けた私は馬鹿としか言いようがない。これに引っかかるのは何回目ですかこの野郎。キラキラの金髪が見えた辺りから嫌な予感はしていたんだ。

「相変わらずメリハリのない生活をしているんですね」

「煩いですよ、降谷さん。それに急に人の家に押しかけて言うセリフじゃないです」

「学生時代の武勇伝を語るなら、絶対なまえちゃんの家がいいって、降谷君が譲らなくてさ〜」

「それにしたって連絡してくれてもいいのに…」

「言ったらお前の場合、何かと理由つけて店にするだろ」

「あ、バレてる!」

隠してもないだろ、と鋭いつっこみを松田さんから貰った。女が一人暮らししている家に大の大人が3人も上がり込んでいることに対しては、罪悪感というか何か思うところはないのだろか。さり気なく聞いてみたけど、俺たちの仲だろとバッサリ切られた。そんな関係築いた記憶はないし、どうにも釈然としない。いや、5人で上がられるよりはいいんだけどね…ほら、この人たちどこで繋がってるか分からないから。後からわらわら来られても困るというか何というか。

「てかプロジェクターまで持ってきて何に使うの?」

「降谷の恥ずかしい過去暴露とか?」

「何それめっちゃ楽しそう。ワクワクしちゃう」

「松田、実行したらどうなるか分かるよな?」

「降谷が言うと冗談に聞こえないから怖えーわ」

「松田、骨は俺が拾ってやるから、安心して砕けてこいよ」

「骨拾いなら私も手伝うよ!」

「なまえ、お前どっちの味方だ」

「楽しい方の味方?」

降谷さんが本気を出すなら、そちら側についていた方が後々自分へのダメージは少なそう。長いものに巻かれろ精神を発揮した私は、松田さんからジト目を頂いた。そんな顔しても流されません。紙袋から出された卒アルはどれも高校卒業のもので、その他に何やら円盤も入っていた。学祭とか書いてあるけどこれはあれか、学祭の出し物で劇をやりました的な?うわあ、何か色々滾るものがある。

「まあ冗談はさておき…警察学校時代のものはありません。色々厳しいところでしたからね」

「酒の席では結構撮ってたけどな」

「俺たちはノンキャリア組だからそこまで関係ないけど、降谷君は色々バレたら大変だからねえ」

「その時点で課程が違うんだね。うわあ、降谷さんやっぱり高校生の頃から金髪なんだ!ビビる」

「なまえ、勝手に開かないでください。貴女の卒アルは何処ですか」

「何のことかな、私にはさっぱりだよ」

態とらしく首をかしげると、降谷さんの笑顔が深いものに変わった。あかんやつ!これ、勝手に部屋を探られるパターンのやつだ。でも残念だったな!私は高校中退したから高校時代の卒アルは存在しないのだ。因みに大学は検定受けて進学したよ。

「なまえちゃんの学生時代とか俺も興味ある」

「いや萩原さんはさ、私が大学生の頃に会ってるじゃん」

「殆ど店員としてね。学生生活はどうだったのか知りたいなあ」

「つーかちゃんと学生してたのか?殆ど店にいた記憶しかねぇよ」

確かに言われてみればそうかもしれない。でもきちんと単位は取っていたし、文系だったからうまい具合に講義の時間を纏めてしまえば、平日でもフリーの日は作れたのだ。采配上手と誉めそやしてくれて構わない。そう伝えると話を晒すなと怒られた。解せぬ。

「ありましたよ。中学時代と大学時代の卒アルですね」

「ぎゃん!どこから発掘してきたの!降谷さん、めっ!!」

「うわ、なまえちゃんめっちゃ若い!」

「萩原さん!それは今の私は老けていると言ってるのと同義だよ!」

「実際この時よりは老けてるだろ。何年前だ?」

「卒アルの年号は…」

「やめてー!!黒歴史!燃やしたい!」

セーラー服を来て貼り付けたような笑顔浮かべる自分の写真。今見ても消したいくらいだ。それなのに何が悲しくてイケメン3人に見られなくてはならないのか。机の上に開いて置かれたそれを身体を使って隠したものの、降谷さんに軽く躱されてしまう。もうやだこの3人。

「あ、これ大学祭?メイド服着てるとかヤバイ」

「ぎゃー!!!!それ捨てた筈なのに!」

「めっちゃ盛ってんな」

「これは詐欺に等しいですね」

「見ないで!何これ私の赤っ恥大会になってんだけど!」

おかしいおかしい。卒アル以外の写真を探し出してきた降谷さん、貴方は私の家の内情をなんで知ってるのかな。大学の学祭での出し物でメイド喫茶をやった時の写真が出てきて顔から火が出るかと思った。確かに化粧とか色々盛ってるけど、こんな写真を寄越したのは誰だ。後で大学時代の友人相手に犯人探しをしなければ。私の恥ずかしい写真ばかりを探されるので、ここで負けるわけにはいかないとイケメン3人組の卒アルやら何やらを開く。だのにこの3人、真面目に学校行事出てなかったのか殆ど写真に写ってないんだぜ?凄いだろ。何かこう、もっと色々見たことがない萩原さんやら降谷さんやら松田さんやらを見れるかと思ったのに、とんだ取り越し苦労である。いや、苦労というか私の生存値がガリガリ削られていくだけなんだけども。

「3人ともほとんど写ってないじゃん!詐欺だ!!」

「写った写真持ってくるとは誰も言ってねぇだろ」

「詐欺過ぎる発言…!」

「俺としては見たことのないなまえちゃん見れてめっちゃ楽しい」

「誰得だよ、本当に!」

「いじめ甲斐がありますね」

「きいいぃぃ!」

このままでは終われない。さっき見つけた円盤をここぞとばかりにレコーダーにセットして再生ボタンを押す。松田さんが慌てたけど知るもんか。途端に鳴り響く爆音に思わず消音ボタンを押した。画面の真ん中には今よりもだいぶ若いけど、見慣れたグラサン姿の松田さんがギターとマイク片手にノリノリで歌っていた。パンク系バンドかよ、似合うわ。白歴史も甚だしい。

「ぶふ…!松田、これヤベェよ!若気の至りって感じがすっげえする」

「なまえ、てめェ…!」

「私のメイド服に比べたら全然世に出せる代物だよ!」

「心底同情するよ、松田」

「降谷、そんな目で見んな。なまえ、パンクはもういいだろ。次これ見ようぜ」

「何々?王子様選手権?うわ、楽しみだね」

一曲しか歌わなかったらしい松田さんがステージの袖に消えたところで、次に渡された円盤をセットする。タイトルの雰囲気からこの円盤に映る人物は絶対1人しかいないだろうなぁと、金髪の方をチラ見しつつ、笑いを堪えつつ再生した。降谷さん、澄ました顔をしていられるのも今のうちだよ!

『さあ始まりましたー!毎年恒例の王子様選手権!実況はこの俺、放送部のエース、萩原がお送りしまーす!』

まさかの萩原さんの円盤でした。嘘でしょ、絶対降谷さんだと思うじゃん。振り返った先の降谷さんはもの凄く勝ち誇った顔してた。鼻で笑ってる姿がさらにむかつく。

「萩原さん?!何でだよ、しかも出る方じゃなくて実況とか!」

「うわ懐かし過ぎる…俺、高校の頃放送部だったんだよね」

「お喋り得意そうだもんね…期待して損した」

「ちょっとなまえちゃん?酷くない?これ、俺にも3票くらい票入ってたんだよ」

「そうなんだ〜」

「どうでも良さそうだな」

どうでも良いわけじゃないけど、ぶっちゃけ萩原さん声のみの出演だし他人のイケメンっぷりは興味ない。降谷さんの黒歴史は何かないのかと探すけど、こんなところにそんなもの持ってくるわけがないだろうとばかりに珈琲を啜る姿がなんとも言えないくらい憎い。こうなったら奥の手だ。油井さんに協力してもらおう。ぽちぽちとスマホで連絡すると、よしきた!とすぐさま返信が返ってきて内心仕事しろよとは思ったけれど、添付された写真を見て思わず吹いてしまった。

「…降谷さん、女装趣味あったの?」

「は?」

「うわ…これ何かの潜入捜査?綺麗に化けてるね」

「なまえ、いろんな意味で負けてんぞ」

「煩いよ、松田さん。降谷さんには顔の造形からして負けてるんだから、これくらい屁でもないわ!」

「それもどうかと思うけどな」

金髪ロングのウィッグを被り薄化粧を施した降谷さん。真っ赤なルージュが塗られた唇はツヤツヤしてて、それだけで大層な色気が漂っている。うん、完全に語彙力ログアウトだな。何だかとっても凄い。写真を見せられた本人はわなわなと震えたかと思うと、少し用事を思い出したと言ってスマホ片手に廊下へ出ていった。今から油井さんに鬼電かけるんだろうなぁ。出て行く時の横顔はそれはそれは冴え冴えとしていて、今なら石でも何でもスパッと切れそうなくらい怖かった。

「いやぁ、人の黒歴史って楽しいね!」

「降谷の写真が1番インパクトあったな」

「そう?俺はこれが1番お気に入り」

ひょいっと出されたのは、ポロライドカメラで撮られた写真。言わずもがな、私が猫ミミにメイド服を着ている、最も恥ずかしいものだ。しかも写真の横には嬉しいニャン、とか何とか書かれていて、恥ずかしさで死ねる1枚である。

「しかもこれさ、ここ見て。写ってんの」

「…萩原さん?冗談はやめて欲しいな?」

「…おー、ほんとだ。写ってんな、ゆ…」

「言わせない!!言わせないよ!やめてえええ!」

笑う爆弾処理班の2人組に対し、半泣きでクッションを握りしめる私を、部屋に戻ってきた降谷さんはギョッとしつつも慰めてくれた。ギャップですか、そうですか。まさかオチが心霊写真になるとは思わなかったよ。後日、恥ずかしい写真を持って神社の神主さんを訪ねたところ、これは寧ろ見守ってくれてるものだから大事にしなさいと微笑まれた。ホッとしたものの、未だに半べそかいた私をネタにする松田さんと萩原さんの2人には、暫く注文とは別の豆で珈琲を淹れてやろうと思う。



title by 夜途