ラブとライクの平行線



「…は?」

ガチの"は?"が出た。呆気にとられる私を見つめる瞳が1、2、…10個。揃いも揃ってカウンターを占領する、一癖二癖ある常連さん達。傾けているドリップポットからはドボドボと惜しみなくお湯が溢れていく。入れすぎだという声に慌てて角度を戻したけれどこれはもう飲めたもんじゃないだろう。棚から同じ豆をを取り出しもう一度注文のあった珈琲を淹れる。というかこのくだり、なんか前にもあった気がする。

「いや、5人のうち誰が好みかって聞かれてもね…考えたこともなかった」

「いきなり言われても分かんないよね〜」

「直感でいいですよ、答えてみてください」

「直感って言ったって…結婚じゃないんだからさ」

「ここは俺にしとけ。1番付き合い長いだろ」

「油井さんには悪いけど腐れ縁だけで決めたくないかなぁ」

「付き合いの長さで言ったら俺と萩原が1番じゃねぇか?」

「何も長さだけで決まるものでもないだろう」

「あー…えっとね、取り敢えず説明してほしいかな」

そもそも誰がいいだなんて言った時点で、喧嘩勃発しそうな雰囲気で言えるわけがない。可笑しいなあ、さっきまで仲良く談笑していた5人組だと思っていたんだけど、あの和やかな雰囲気はどこへ行ってしまったんだ。ちょっと目を離して奥のテーブル席に商品を届けて帰ってきた途端これだ。女子じゃないんだから急に仲悪くなるのやめてもらっていいかな、みんな笑顔が怖いよ。此処は珈琲を楽しむ喫茶店なのに、いきなり何を牽制し合っているのさ。

「今日、この店に来てる小学生の子たちに会ってさ、その時におかっぱの女の子に聞かれたんだよね」

「歩美ちゃんに?何て?」

「どっちが店長さんの恋人さんですか?って」

歩美ちゃーん!無邪気な顔しておませさんなんだから!そうツッコミたいけど生憎本人はいないので、自分の心の中に留めておく。彼女曰く、このお店にはそれなりに顔がいい人達が出入りしてるし、仲よさそうだから興味が湧いたんだそうな。しかも黒歴史である壁ドン事件の時に、ちらっと松田さんと萩原さんを見たようで、余計に気になってたんだそう。その話を何の気なしにカウンターメンバーへ振ったところ、何故だか皆さん手を挙げることになったんだそうな。私としてはあんな小っ恥ずかしいことは記憶から抹消したい上、好みのタイプなんて至極どうでもいい話題である。それでも何かしら当たり障りのない回答をしないと余計に話を引き延ばされる気がした。お前ら暇人かよ。

「えー…前のマスターみたいな人かな」

「随分年上がタイプなんだな」

「いや、性格的な話ね。何、俺の勝ちだみたいな顔してんのかな、赤井さんは」

「年齢的に考えたら1番近いだろう」

「赤井が1番ジジイってことですね。精々足がもつれて転ばないように気をつけて下さい」

「杖でも買っといてやろうか?赤井」

「はいはい、喧嘩しない。お代わりある人はカップ戻してー」

「前のマスターか…俺がよく来るようになった時は既になまえちゃんがカウンター仕切ってた気がするからあんまり覚えてないなあ」

「俺も顔しかわかんねぇわ」

そうだよねえと言いつつ追加の珈琲を淹れていく。この手の話は苦手なので何とか話題が別の方向へ向いてくれることを願うけれど、そこは皆男の子である。負けず嫌いを前面に押し出してもらっても困るんだけどね。皆それぞれかっこいいところも素敵なところもあるし、私一個人の好みを知らなくたって引く手あまたでしょうに。かっこいいからサービス、なんて制度はここにはない。可愛い人にはサービスしちゃうけど。

「みんなそれぞれかっこいいからいいじゃん。競う必要ないよ〜」

「出た…なまえの敵作らないでおこう作戦」

「そんな作戦今まで立てたことないんだけど…」

「なまえはそれを素でやるから質が悪いんですよ」

「うわ、降谷さんにまでディスられた」

「なまえ、ここの珈琲豆は買えるか?」

「一人だけ自由だね、赤井さん…販売はしてないけど特別に売ってあげる。いつものでいい?あと何杯分欲しいか教えて」

いきなり何を言い出すかと思ったら珈琲豆の購入とな。そろそろ固定客も付いてきたし、豆の販売をしてもいいかもしれない。そんな事を考えつつ、赤井さんに欲しい豆とロースト具合、それから分量を紙に書いてもらう。コーヒーミルはあるのか聞いたところ、これから買う予定なんだそうな。というかアメリカ帰るなら現地で豆を購入した方が色々面倒臭くなくていいと思うけど、このお店の豆がいいと言われた。一回アメリカで同じ豆を買って飲んでみたが、ここの珈琲の方が何倍も美味しいらしい。何それ照れる。気に入ってくれて有難う。素直に嬉しいよ。

「それで、なまえちゃん。好きなタイプは固まった?」

「え、その話まだ続いてたの?」

「答え聞いておかねぇと仕事中も気になるからよ」

「そこまで大きな話題じゃないと思うんだけどなあ」

そんな事気になるの?と聞き返したら各々それなりの反応が返ってきた。結婚するわけでも付き合うわけでもないのに、好きなタイプを聞いて何がしたいんだろう。あ、もしかしてお見合いとか面倒見てくれるのかな。てかそれぞれが薦める人、なんだかんだでクセが強そうだから遠慮したい。

「うーん…包容力がある人」

「よし、萩原さんが抱きしめてあげよう。飛び込んでおいで」

「飛び込まないよ。変な噂が立ったらどうしてくれるの萩原さん」

「なまえ、俺以外は煙草臭くなるから止めておいた方がいいですよ」

「あ、それは一理あるかも…」

「禁煙なんてその気になればいつでもできるだろ。あー…駄目だ、ヤニ切れだ。なまえ〜吸っちゃ駄目?」

「油井さん、その流れで煙草に行くのは全くもって説得力ないよ」

「火なら貸すが…いつこの店は分煙になるんだ?」

「喫煙、ダメ!ゼッタイ!!そんな目で見ても分煙はしませんよ、赤井さん!」

「何処のポスター気取りだよ」

油井さんと赤井さんに禁煙を言い聞かせながら松田さんから冷静なツッコミをもらった。その後も私が絞り出した回答について文句が出るわ出るわ。もっと具体的に言えだの、5人の中から選べだの、何が何でも自分達から選ばせたいらしい。ちょっと待って、それ私の意見関係無くない?てか仲間内で、俺が選ばれた、ドヤァってやりたいだけでしょ。真剣に考えるのも馬鹿らしいなぁと、遠い目をした時、カランカランと音を立てて可愛い小学生が入ってきた。

「店長さーん!こんにちは!」

「歩美ちゃん、こんにちは。今日もお仕事?」

「うん!後で他の2人も来るよー」

一目散にいつもの席、少年探偵団の待ち合わせ場所となるテーブル席に腰を下ろした歩美ちゃん。水を出しつつ問いかけると、ニッコリと笑顔を浮かべていた彼女は、カウンター席に座る面々を見て表情を一転させた。キョトンとしたかと思ったら、ぷにぷにの頬っぺたを赤くしてうふふと笑い小さく手招きをする。何だ何だ、内緒話かと思い腰を屈めると、耳元でこそっと話された。

「店長さん、とってもモテるんだね!誰がタイプなの?」

「んん?!違う違う、あの人達は常連のお客さんだよ」

「歩美は、安室さんがいいと思う。すっごく優しいし、とってもいい人だよ」

オススメ!だなんて、何を言い出すのこの子は。慌てる私に余裕がある笑みを浮かべた歩美ちゃん。貴女本当に小学生ですか。違うんだよと言っても聞く耳を持ってくれず、むしろ、他にも空いてる席あるのにみんなカウンター席に座るのは店長さんと少しでも近くに居たいからだよ、なんて冷静な判断までされた。恐ろしい子。ポカンとしていたら畳み掛けるように珈琲フロートを注文された。今時の小学生怖い。

「歩美ちゃんはなんて?」

「よく分からないけど安室さんをオススメされたよ」

「ふ…刷り込みが効きましたかね」

「あー!その手があったか!」

「降谷、相変わらず恐るべし根回しだな」

「ゼロ、前から思ってたがお前やる事きったねぇよぁ」

「流石はトリプルフェイスをやってのけただけあるな。…なまえ、偽りだらけの男を選ぶと苦労するぞ」

「お前が言うな、赤井イィ!」

再び騒がしくなったカウンター。なんだかんだで自分推しのこの人達は本当に何がしたいのか分からない。時間も時間だったので、貴方達いつまでここにいる気なの、仕事に戻りなさい!と嗜める私を歩美ちゃんが生暖かい目で見ていたなんて、この時の私はまだ知らない。


title by 夜途