「店長さん!花火しよう!」
「うん?」
「沢山買ったんですよ!」
「いつも美味いコーヒー飲ませてくれるからな!俺たちもたまにはお返ししよーって話してたんだ」
夏休みも半ばを過ぎた頃、お馴染みの少年探偵団のみんなに花火のお誘いを頂いた。そんなに気を使わなくていいのに、なんていい子なんだ君達は。何処でやるのかと聞けば博士の家!と元気よく答えが返ってきた。保護者担当である阿笠博士のご自宅はそれなりに大きいようで、花火ができる広さは十分にあるらしい。自宅の前の道路や公園では花火禁止となっているこのご時世、そういった場所は貴重である。子供達もそれはそれは楽しみなんだろう、目がキラキラしていた。
「ほんと?じゃあお言葉に甘えてお呼ばれしようかな。いつやるの?」
「今日だよ!」
「今日か!また急だね」
今日の夜は何か予定入ってたっけ、と思考を巡らせていると、クールビューティな哀ちゃんから視線を頂いた。来ないの?という無言の圧力がかかっているように見えるのはきっと気のせい。アイスカフェラテをかき混ぜる仕草にできる女感が溢れてて、何だか大人顔負けに感じるよ。
「都合が悪いなら無理しなくていいわよ。花火なんて、博士が頷けばいつでもできるし」
「ううーん。でもみんなすごく楽しみにしてるみたいだからなぁ」
「えー!!店長さん来ないの?」
「誘ってやってんだから来いよな!」
「おい、お前ら、なまえさんだって都合があんだ。無理に誘っちゃ悪いだろ」
呆れた顔をしながらアイスコーヒーを飲むコナン君は、やっぱりこの中ではダントツ大人びている。ぶうぶう文句を言う小学生3人と、それを諌める小学生らしからぬ2人。バランスが悪いようで実にうまく回っているグループだと思う。哀ちゃん、ちらちら視線をくれるのは私に来て欲しいってことでいいのかな。口では無理するなと言っといてもう、不器用さんなんだから!私の都合のいいように解釈しちゃうよ。
「お店閉めてから行くからちょっと遅れちゃうかもだけどいい?」
「本当ですか?!」
「うん。お邪魔します〜」
「やったー!花火残しておくね!」
「ありがとう」
程よく時間が経ったところで、一度少年探偵団は帰宅するようだ。絶対来てね、楽しみにしてる!とはしゃぐ子供たちを見送って、少し早いけど仕込みの準備をすることにした。もし間に合わなければ明日午前中休みにすればいいしね、こう言う時自営業って楽チンだなって思う。花火は8時くらいからって言ってたから、とりあえず阿笠博士に貢物を用意しなくては。残りのお客さんに商品を出しつつ、ちまちまと準備を始めた。
***
そうしてやって来た住宅街。閑静で1つ1つの御宅の敷地が広いのは、単に此処が高級住宅街だからだろう。阿笠博士ってそんなに有名な人だったのかしら。私ちっとも知らなかったし、申し訳ないけど小学生に言い負かされている彼が発明家だなんて事、後から知った。哀ちゃんがくれたメールと地図を頼りにあっちへうろうろ、こっちはうろうろ。ダメだ分からん。一層の事、哀ちゃんに電話かけてナビしてもらおうかと思った矢先、おやという声に呼び止められた。
「なまえさんじゃないですか」
「沖矢さん、こないだぶりですね!こんばんは」
「こんばんは。迷っていると推測しますが、僕でよければ案内しますよ」
「本当ですか?!助かります!阿笠博士の御宅をご存知ですか?」
「ええ。お隣さんです」
買い物帰りの沖矢さんにばったりと出くわし、今現在迷子となっていることまで言い当てられた。恥ずかしい。こちらですよ、とにっこりと微笑みながらナビをしてくれるイケメンの輝きに、夜も朝も関係ないらしい。ガザガザなるビニール袋にはそれなりの量の野菜やらお肉が入っていて、どう考えても一人分じゃないことは確かだ。もしかして彼女さんにでも作ってあげるのだろうか。イケメンって素敵!というか沖矢さん、この辺マンションないんだけどまさかの持ち家ですか?
「沢山買ってますね。何作るんですか?」
「ビーフシチューです。最近煮込み料理にはまっていまして…そもそも煮込み料理しか作れないんですがね」
「いや結構レベル高いですよ。彼女さんと食べるんですか?」
「いえ、一人分ですが…」
「んん?それにしては量が…」
私の問いに、分量調整が苦手で、と恥ずかしそうに話す沖矢さん。因みにどれくらいの量を作るか聞いて見たところ、寸胴鍋だそうな。もっと小さい鍋売ってるよ。何でそんなところから本格的にしたのか。頭いい人って何処かやっぱり理解しがたい部分ってあるよね。逆に料理はするのかと聞かれたので、人並みと答えておいた。えっ、という顔されたんだけどどういうこと。
「いやいや、何驚いてんですか」
「いえ…僕の偏見で申し訳ないのですが、基本的に飲食業に就いている方はあまりご自身では料理をしないものと思っていまして」
「なら何故聞いたよ。まぁ私が提供してるのはあくまで珈琲ですからね。主食とはまた違うので暇な時は作りますよ」
寧ろ料理は得意だ。何処かで嘘つけ!とつっこまれた気がするけど無視しておこう。そうやって他愛もない話をしながらてくてく歩くこと10分。漸く阿笠邸へたどり着くことができた。沖矢さんに有難うの意味も込めて、本当は私が飲むはずだった珈琲をタンブラーごと納める。最初は遠慮していた彼も、次回来店時にタンブラーを返してくれればいいと伝えると嬉しそうに受け取ってくれたので良しとしよう。
「あ、そう言えば沖矢さんはお呼ばれしてないんですか?お隣の花火大会」
「誘ってくださったんですが、生憎論文の執筆がありまして。それに僕が苦手な子もいるようですし、ね」
「あれま、残念ですね。もし騒がしかったらごめんなさい」
「いえいえ。子供は遊ぶことが仕事ですから、気にしないでください。偶には童心に返る事も必要ですよ」
それじゃあ、と門の前で別れ、沖矢さんは大邸宅に入っていった。あれ、表札工藤じゃなかったっけ。ぼけっと立っていたら私を見つけたらしい歩美ちゃんに後ろか大声で呼ばれた。待って、そんなに声を張り上げなくても聞こえてるよ!そしてうな重は関係ないからね、元太くん。そうして阿笠博士の御宅にお邪魔し、すっかり盛り上がっている花火大会に参加させてもらった。一般家庭に屋上とかやばくない?どれがいいですか、と光彦君が両手いっぱいに花火を持って来てくれて、なんていい子なんだとキュンとしたのは内緒。色が4段階に変わるという花火を選んだんだけど、取り敢えず持って来たものを渡してから本格的に参加しよう。
「ごめんね、遅くなりました〜」
「連絡来てから時間が経ってるから、何かあったのかも思ってたのよ」
「ごめんごめん。道に迷っちゃって…はい、哀ちゃん用のカフェラテ」
「あら、ありがと」
「阿笠博士には普通にブレンド珈琲を淹れて来たんですが、夜飲まなかったりします?」
「有難いのぉ。最近は振られてばかりだったから助かったわい」
「えへ、ごめんなさい。一応タンブラーに淹れて来たので冷めてないと思います。そしてそのままタンブラーを買い取ってくれると嬉しいです」
「なまえさんも商売人じゃのぉ」
半分本気で言ってみたら意外とすんなり買い取ってくれた。次来た時にサービスしてあげようと固く誓う。それぞれに用意したドリンクを配り終えたら、早速点火開始だ。小学生に混ざってはしゃぐのは年齢的に痛いかなと思ったけど、いざ始めてみたら久しぶりすぎてやっばい。楽しすぎる。両手に花火持って空中にお絵描きとか何年振りだよ。
「わ!見て見て!すごいきれー!」
「本当だ!次、歩美もそれやる!!」
「歩美ちゃん、どうぞ!これが最後の一本です」
「光彦君有難う!」
「なあ、ロケット花火やろうぜ!コナン、あっち側だったら飛ばしていいよな!」
「いや、ダメだろ。新一兄ちゃん怒るっつーの!それに昴さん仕事中だし、音うるさいだろ」
「ちぇー」
「元太君、ねずみ花火は?ロケット花火より威力ないけど地味に楽しいよ」
「なまえさん、貴女それに追いかけられる人を見て楽しむタイプでしょ」
「何故分かったんだい、哀ちゃんや」
呆れ顔されたけど、普段見ない表情を見れたのでめげない。そうして最後の締めくくりでもある線香花火へと突入した。楽しかった時間が収束して少しの寂しさと名残惜しさを残す、そんな気持ちにさせるこの花火を、私は好ましく思っている。誰が1番長く残れるか、なんて良くある競争をした。もっと買ってこれば良かったと不満を漏らす歩美ちゃん達に、ニマニマと不敵な笑みを浮かべた阿笠博士が、何やら自信満々に白衣を広げた。うーん、個人的にはそのお腹、アウトです博士。嫌な予感がすると思ったのは私だけではないらしい。哀ちゃんなんか、またろくでもないもの作ったのかしら、と辛辣な言葉を吐いていた。小学生に呆れられる発明家とはこれいかに。何かと聞けば、ボール発出ベルトnewバージョンらしい。
「よし!準備オッケーじゃ!なるべく高く蹴るんじゃぞ!」
「へいへい」
本当にうまく行くのか、そんな不安を顔に出しながらも博士の向かい側に立ったコナン君。ポコン、と卵みたいにベルトのバックルから出て来たサッカーボールを勢い良く蹴り上げた。何あれ、どんな原理よ。というかコナン君キック力凄すぎない?今の小学生の運動能力が落ちて来てると言われてるのは嘘なんじゃないだろうか。そんなことを思いながら見上げた空に、大輪の花が咲いた。闇夜を彩る色とりどりの花弁。ぱらぱらと、風物詩の名残が空に広がる。いやぁ、まじか。打ち上げ花火って自宅で作れるんだ。
「ほへー」
「口が開いてるわよ、なまえさん」
そう言いつつ、哀ちゃんも目が釘付けだ。こういうところ、やっぱり小学生なんだなあ。1発だけだったけど、今日の最後を飾るにはもってこいだろう。燃え尽きた光が落ちて来る頃、それまで暗かった住宅にぽつぽつと別の光が灯り始めた。あ、これ後処理が大変なやつ。
「クレーム来そうだね」
「その通りよ。明日にでも来るんじゃないかしら」
「え?!どうしよう、哀君…!」
本気で焦り始める博士。如何してそこを考えなかったよ、と内心ツッコミながら哀ちゃんと明日来るであろうクレーム対策を考える博士。その周りに集まった子供達が、コナン君ばかり発明品を貰って狡いと文句を言っていた。博士の困り事がまた1つ増えたわけだ。
「ふふ」
「なまえさん、楽しめた?」
「うん、とっても。誘ってくれて有難う」
やんやと騒ぐ大所帯から抜け出たコナン君は、そっと私の隣に立っている。何となく心配そうな顔で見上げられているのが分かったので、にっこりと笑顔を返しておいた。赤井さんがいなくなったからちょこっと元気が無くなった私を気遣ってくれたらしい。全く良くできた小学生だ。私のスッキリとした顔を見て、ホッとしたのが雰囲気でわかった。
「また誘ってくれると嬉しいな」
「うん、灰原たちも喜ぶよ」
「ふへへ〜コナン君もまたお店に来てね」
「うん!」
勿論とばかりに頷いた彼につられて頬が緩む。偶にはこういう交流も悪くない。明日からも頑張らないとなあ。何かを吹き飛ばすようにらぐん、と伸びをしてから、片付け始めた博士の背中を追いかけた。
title by 夜途