「ううー寒い!!」
「もう少し違う感想はないんですか?」
「似合ってますよ、グレーのコート」
「そうじゃない」
ぺしっと痛くない程度に叩かれた。私は今、人々で溢れかえる神社に来ている。それも降谷さんと。何でだって?私が1番知りたい。大晦日の日は油井さんと赤井さんが部屋に上がり込んで飲み比べをしているのを見ながら、ずるずると年越し蕎麦をすすっていた。今年も波乱万丈で振り回される年になるだろうなあと遠い目でゆく年くる年を見ていたのだけれど、そんな厳かな除夜の鐘を打ち消すようになったスマホ。みんなからのあけおめメールかなと思ってとったら、まさかの降谷さんからのお電話だった。しかも一方的に明日朝四時にマンションの下と言われて、は?っと聞き返すもすでに電話が切れているという珍事。間違い電話かとも思ったけど、渋々、律儀にも4時に自宅マンションの下に立っていた。何処からか現れた降谷さんは、ぽいっと私を助手席に乗せると爆音でしんと静まり返った街を駆け抜けて行く。そうして辿り着いたのは着付けもできる呉服店で、目を白黒させているうちに立派な着物に着られていた。メイクもヘアーもバッチリ。解せぬ。そもそも私のスウェットはどうしたの。
「ほら、行きますよ」
「え、え?これ以上何処に?!」
「初詣に決まってるでしょう。まだ寝ぼけているんですか?」
「はえ?」
「あぁ、一応外なので安室の方で呼んでくださると助かります」
ポカンとしたのも束の間。来た時と同じように車に乗せられて、人で賑わう神社へと連れて来られ今に至る。お正月に着物とか初めて着たよ。そもそもなんの羞恥プレイ?降谷さんは全然普通の格好というかスーツじゃん。なんでという疑問を込めて見上げると、降谷さんも首を傾げて見つめ合う事数秒。どきどきなんてしない程度には私の心は枯れている。
「クリスマスの時にした約束、忘れてしまったんですか?」
「んん?」
「お酒入っていましたから、まぁ無理もないでしょう。ですが約束は約束です。守ってもらいますからね」
「怖い怖い。笑顔が黒いよ、安室さん」
「忘れているなまえが悪いんですよ。あぁ、ほら段差に気をつけて」
「わわっ!」
慣れない着物のせいで足が思った以上に広げられず転けそうになったのを、さも分かっていましたとばかりに腰に腕を回され態勢を立て直される。うす、有難うございます。危ないですから捕まってください、と腕を組まされた私の心情をお分かり頂けるだろうか。わーい、役得!なんて思っちゃいけない。降谷さんの瞳は虎視眈々と何かを狙っているのだから。このカモフラージュに使われている感パネェ。じゃなきゃ平々凡々の私が、イケメンに着物を用意された挙句着飾って初詣とか、行けるわけない。精々松田さん達と仲良くおみくじ引いて笑いあうのが関の山だ。でもまあ仕方ない。滅多にないこの状況を楽しんだ方が勝ちだろう。案外私も図太いのである。
「ねね、甘酒飲もう!」
「貴女は食べるか飲むかのどっちかしかしませんね。太りますよ」
「大丈夫!着物着て歩くの結構体力いるんだから」
「日頃の運動不足を何とかしなさい。あぁ、おみくじはどうしますか?」
「引こう引こう!」
そんな会話をしながら何とか人混みをむぎゅっとされながら進んで、漸く石段にたどり着く。お賽銭を入れて鈴を鳴らしてから、二礼二拍手一礼。今年もみんなが怪我せず馬鹿騒ぎできますようにと願っておいた。ちらっと降谷さんを見ると彼も目を閉じて何かをお願いしている。その横顔をまじまじと見ながら、まつ毛長いね羨ましい、と願いとは別の思いを抱いてしまった。スッと開かれてスカイブルーがこちらを向く。ヤベッ見てたのバレた。
「何ですか?」
「真剣に拝んでたので、何を願ったのかなと」
「言ったら意味がないでしょう。ほら、次はおみくじです」
「わわっ!待って!引っ張ると草履が脱げちゃう!」
「綺麗な格好をしても鈍臭い所までは直せませんからね」
「ねえ、さっきからちょこちょこディスってるよね?何で?何かした?」
クスッと笑われたけど何処にそんな要素があったというんだ。一緒におみくじを引いて結果を読んでいると、ちょっと待っててくださいと降谷さんが人混みに消えていく。あ、お仕事ね、いってらっしゃい。結果を忘れないように写真を撮った後、近くの木に結ぶ。結果?結んだということはそういうことさ。察してくれ。そうして数分もすればスッキリした表情の降谷さんが戻ってきた。その後は甘酒を飲んでいると汚さないようにと袖を捲られ、序でに買ってきたらしいみたらし団子を口に入れられ、至れり尽くせりである。口についたタレを拭おうとすると、何故か降谷さんが飲んでいた甘酒を渡されて両手が塞がれる。ティッシュでも出してくれるのかと思えば、背広から出てきたハンカチに口元を拭われ、洗って返してくださいねと笑顔で汚れたそれを渡された。えっ?強制?しかもみたらしのタレって結構頑固なんだよ。何のためにカバンにティッシュが入ってると思ってるの。抗議のために口を開けば間髪入れずに団子が侵入した。
「んん?!」
「はい、残りも差し上げます。好きなだけ食べてください」
笑って食わせる降谷さんまじドS。もぐもぐと食べる姿をニコニコと見つめられれば、何だが自分がハムスターにでもなった気がしてならない。まあアニマルセラピーの一環として降谷さんが癒されているのなら良しとしよう。
「そういえばなまえ、おみくじの結果はどうでした?」
「あ、このタイミングで聞いちゃうんだ」
「当ててあげましょうか?」
「え、いいです。そんなことより安室さんのおみくじの結果は何だったんです?」
「小吉でしょう?」
「聞けよ。しかも当たってるし怖い」
「僕は勿論1番いい吉でした。今年起こる物事においては全て天が味方をしてくれるそうです」
「相変わらず引きがいいですね!悲しくなるから自慢しないで!」
笑顔が眩しい。ちなみに私の結果は小吉、悪くはないが自分の意思とは関係なく色んなことに巻き込まれるから健康に気をつけなさいと書いてあった。心当たりがありすぎて困る。今日のこれも巻き込まれた一環なんだよなあ。遠い目をしていると降谷さんに覗き込まれる。急すぎて変な声を出してしまった。これだからイケメンは。心臓に悪い。
「どうしました?」
「いえ、近いなぁと思って。安室さんはこの後仕事ですか?」
「ええ、残念ながら。後で珈琲を飲みにお邪魔しても?」
「お店は正月休みだから開けてないよ」
「ええ、知ってます」
「…」
「…」
「……はい、晩御飯は何がいいですか?」
「話が早くて助かります。なまえ特製のお雑煮がいいです」
降谷さんの言わんとする事に気づいて折れれば、にっこり微笑まれた。お店じゃなくて私の家に来る気なんですね、そうですね。これは帰ったら即刻あの2人に酒瓶だらけの部屋を片付けて貰わなければ。はぁ、と白い息と共にどうしようもない感情が溢れる。正月早々巻き込まれてしまったわけだが、これが今年も続くのだと思えば、そんなに悪くないと思えてくるから不思議だ。でもねえ、神様。こんなイケメンに囲まれたらますます婚期が遅れると思うの。そこんとこどう落とし前つけてくれるんですか?
「因みにお餅は何個ですか?」
「3つにしておきましょうかねえ」
「はいはい。用意しておきますよー」
からころと草履を鳴らして石段を降りる。そしてお決まりの踏み外すやつな。それでも帰りもしっかりその腕で支えてくれたので、足を踏み外しても転ばずに済んだ。ラッキースケベの神様も粋な計らいをしますね。でもこれ私がラッキーに当たるやつや。転ばせるかと抱き寄せてもらったせいでめっちゃ降谷さんのいい匂いが鼻腔に溢れる。私は変態か。流石鍛えてる男は違いますね、香水何使ってるんですかと揶揄ったら、無言で殴られた。痛い。
title by ユリ柩