(それでも、あなたを)






 いつも零くんの帰りを待っている。
 とても忙しくって、普段から少しも会わないし見た事もほとんど無い零くんを。
 いつもすや、って寝ちゃった後にそぉっと帰ってきては朝起きたらもういないことばっかりの零くん。
 でもいつも書き置きと、交換日記と、ご飯が置いてあったの。

 だからいつも安心してた。今度はいつ頃帰れそうかな。そう思いながらもいつもねむくて我慢して、それで寝ちゃった時は零くんは書き置きでも交換日記でも怒ってたなあ、と思う。
 あと、あの時は地味におでこが痛かったのはなんなんだろう??

 零くん。忙しい零くん。邪魔になりたくはないから寂しいなっておもっても、言わないけど。



 あのね、零くんの顔を見ない間に知り合った女の子にポアロっていう喫茶店に誘われたんだよ。
 目眩にふらついて男の人にぶつかった時にすごく怒られて、そんな時に助けてくれたの。でも……やっぱり怖いなぁ、って。
 でもその子は、可愛くて、優しくて、強くてご飯もおいしいのだ。


 そしてその蘭ちゃんに誘われた喫茶店にはさいきん美味しいメニューが出来たらしい。
 美味しいのでぜひ一緒に行きませんか!そうやって笑う彼女に断るのも申し訳ないし、何より美味しいご飯を作れる蘭ちゃんにそこまで言わせるメニューはとっても気になるし、零くんへのお土産になるかも知れない!
 それに蘭ちゃんは強いけど大事な人と会えないらしくて、それで私は蘭ちゃんと仲良くなった。
 寂しいね、と2人で言い合っては2人で笑って。
 もしもどこかに、一緒に行ける機会があったら、その時にいいお店を知っていたら、零くんを楽しませてあげられるかも。
 そうやって蘭ちゃんにも言われて、私は頷いた。
 あんまりお外には出たくないけど、蘭ちゃんがそこまで言うほどのお店なら。


 そんなことを考えながら、蘭ちゃんに手を引かれてお店に入ると、そのドアは思ったより重くなくて、カラン、と軽い音を立てる。
「いらっしゃいませ」
 その声に、杖をついて転ばないように下を見て歩いていた私は顔をあげる。そこには会いたくて仕方なかった零くんがいる。




「…………零、くん?」


 きょとんとした顔で、つい呼んでしまう。
 そうすると、零くんは笑いながら言葉を返した。

「ふふ、どなたかと見間違えてるんですか?僕は安室透と言います」


 その声も、目も、表情も、零くんなのに。


 なんで?零くん、じゃない?こんなに似てるのに?
 あれ、私と体を合わせたのは零くん?ほんとに零くん?
 降谷零って名前……その名前は嘘だったのかな?
 あれ?あれ?だって、だって。零くんだって、叫んでるよ?私の心とか、身体とか。本能みたいのが。
 零くん?

 零くん。言えなかったけど、ぜんぜん、言えなかったけど。ほんとうに、愛してた。



 でもなんだろう。安室透って言われたのに。
 違う人かもしれないって思うのに。
 叫んでる。このひとは、零くんだって。どこかが、どこかで叫んでるよ?

 ニコリと優しく微笑む安室さんに目の前が滲んだ。
 零くん。零くん。私の愛しい人だ。
 待ってた人だ。
 ずっと、ずっと。あなたと歩く未来を望んでいたのに。明日みらいを。




 馬鹿みたいだ。遊びだったのに。
 馬鹿みたいだ。ホイホイ信じて。
 馬鹿みたいだ。あなたを失いたくないのに。
 馬鹿みたいだ。ああ、違う。馬鹿なのだ。それでも口から出てくるのは。
 馬鹿みたいだ。一言しかないなんて。
 ほんと、バカみたいだ。












「蘭ちゃん、ごめんね?やっぱり調子良くないや……」
 安室さんから目を逸らして、少しだけ首を傾げて微笑んだ。


 目の前で、泣いたりしないよ。
 困らせたくないの。
 だから、だからね。










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(それでも、あなたをあいしてる。)


(それでも、あなたを)












 そうやって、おもうだけはゆるしてね











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