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意識は深くふかく、微睡みの中へ落ちていった。
肉体はまるで動かず、恋敵と憎んだ神星のように不具の体はフラスコの中を浮かんでいる。
覚醒の時はまるで遠く、誰の声も、誰の嘆きも届かない。

「生きてはいるのか」

問いかけたのは、魔星2体を制し終えたヴァルゼライドだった。
彼自身、肉体、精神的な損耗は激しいというのに微塵もその様子はなく、叡智宝瓶の研究員たちからの報告を受けていた。
眠るだけの星がもう一体増えた、というに過ぎず、まして活動履歴を取る目的で動かしていたドリスでは月天女とは違い、このまま維持する価値もない。
投棄することを当然と考える研究員たちに待ったをかけたのは英雄ではなく、意外なことに神星だった。

「確かに力及ばず敗れたとはいえ、これは己が祖国を守らんと立ち上がったのだ。数値の上で比較するまでもなく劣っていながら、いざや挑まんとした心意気を切り捨てるのは些かばかり忍びなかろう。ましてや、元の素体にしても、開発コンセプトにしても噛み合わず、相性としても悪手といえる氷河姫を相手に一撃をいれた……これは、今後の魔星の開発に対して幾らかの貢献ともいえよう」

例え素体が劣悪であるにせよ、戦闘意欲が欠落しているにせよ──時として窮鼠は猫を咬むことを証明してみせたのだ、と神星は饒舌な口調で語った。
ほんの2年前に錬金術師の開発で素体の戦闘意欲欠如による失敗をみたが故、舞台さえ整えればどのような劣等も奮い立たせることができるという今回の結果は彼の経験として有意義であったのであろう。
そして、自分同様に不具となりフラスコに漂う姿へと神星は瞳を向けた。

「なに、時が来ればお前もまた甦ろう」

聖戦への参戦こそを褒美であるかのように約しながら笑う神星とは別に、ヴァルゼライドはただまっすぐにドリスを見つめた。

復元された眼球がはめ込まれ、修復された顔は元と微塵も変わらない。初めての起動から自分へと向けられたにやけた笑みを浮かべていない顔立ちはまだあどけなかった。
微かに口元に微笑みを浮かべて漂う姿は、手足がもげていることを除いては、優しい夢でも見ているかのようですらある。

ヴァルゼライドもまたドリスの最期に見せた奮闘は無駄だったなどと思ってはいない。
彼女は漸く、生前からの柵を脱却し、自己陶酔の愛から真に他者を想い、他者から思われたいと願ったのだ。
だからこそ、せめて機会を与えてやりたいという思いがあった。
かつてこの手で斬り捨てた故の贖罪ではないが、歩み出すその1歩目を断ち切るつもりはなかった。
ヴァルゼライドが魔星を降した後にドリスを回収したのは、愛でも何でもなく、ただそうした彼なりの偽善だった。


そして、何も知らぬドリスは冷たい水槽の中、3度目の目覚めの日まで、眠り続ける。


END

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