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雄々しく凛々しいその声を聞いた瞬間に、ドリスのあらゆる苦痛の全ては消し飛んだ。
見つめる瞳は今や一つになっていたが、そんなことはなんら差し障りない。
この雄々しき光を見つめるのに目玉の数など関係ない。

「答えろ、奴らはどこだ」

咄嗟に体を支えていた右腕を自分が這いずってきた方向へと向けて伸ばしたせいでバランスを崩し、ドリスは顔から瓦礫に突っ伏した。
けれど、そんなことはどうでもいいのだ。
彼が、ヴァルゼライドがいるのだ。
涙が溢れそうな程に愛しいのに、ドリスの口をついたのはあまりに馬鹿な言葉だった。

「お見苦しい姿で……」

例え手足が無くても、例え目が失われても、そんなことは些細なことで、ドリスにとっては血塗れ泥塗れの服装や、乱れて血糊で張り付いた髪の方が恥ずかしかった。
これが最期の会話になるかもしれないというのに、最後まで恋する女でしかないドリスを見下ろし、ヴァルゼライドは足を踏み出した。
そう、これから彼は成すべきことを成すのだとドリスは確信した。
このまま突き進み、誰かの生を踏み躙る魔星を堕とすということになんら疑問を差し挟む余地など無かった。
ドリスはヴァルゼライドを見てきたからよく知っている。
単純なスペックも、運命も、才能、生まれ、血統などあらゆる先天的特質などヴァルゼライドに
は関係ない。
純粋なスペックならば戦闘特化の2人はおろか、自分にさえ劣るただの人類種でしかないヴァルゼライドの完全勝利にドリスは何一つ疑問を差し挟まない。
それは英雄の光に盲たからでもなんでもなく、ただ1人、恋に焦がれた少女が世界一素敵な思い人を無垢に信じているに過ぎないのだ。
これで役目を果たしたのだと、最期に会えた満足を胸にドリスが機能を停止しかけた瞬間だった。

「生きろ。お前は、漸く生前よりも前に進んだのだからな」

下された命令に込められたのは、確かにヴァルゼライドの愛だった。
無論、ドリス個人を愛してのものなどではない。
帝国に生きる1人の人間として、ドリスは今漸くヴァルゼライドの瞳に映った。
その驚きがかつての未練で縛り付けられた肉体を震わせる。
重たくなる瞼を懸命に開き、ドリスが見つめた先では英雄が立っていた。
もう進んでいるのだと、もう居なくなっているのだと覚悟さえしていた彼が、真っ直ぐに瞳を向けてくれる。
ただそれだけで、かつての未練はたった今の恋心に塗り潰されていく。

「行って下さい、閣下」
──行かないで、ここにいて。

「あなたじゃないと止められませんよ、きっと」
──そんなことはどうだっていい。

相反する心と言葉。
愛した男に初めて見つめて欲しいと願って、触れて欲しいと祈って、それでもドリスの言葉は自分の欲を抑え込んだ。
衝動の影でしかない仕様上の特性を上回って、ドリスの恋心は漸く愛情へと至った。

そして、そのドリスの言葉を受けたからこそ英雄は赤いマントを翻し、地獄の渦中へと勇ましく突き進んでいく。
ドリスは咄嗟にその背中へと右腕を伸ばした。
しかし、そこには縋るための指さえなくて、千切れた肉が無残に震えるだけだった。

「いつか、あなたに……」

振り向いて貰うためではない。
私の元に来てもらうためなどでもない。
ただ私は

「届く日のために」

もう少しだけ、頑張ろう。

そう決意してドリスの意識は途絶えた。

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