平和に行きましょう。


 赤すぐりのような、鮮やかな赤い瞳が焼き付いて離れない。しっとりと濡れた黒髪が柔い肌に張り付き、やけになまめかしく見えた。

芸術家サラさんとタオの人魚姫

サラさん
ハモニカタウンで売りに出されていた別荘を買って移り住んだ画家。大陸の内陸部にある大きな街でそこそこ売れていたものの、スランプになったので休暇ついでに引っ越した
クラリネット地区の牧場は祖父がやっている為、その伝手もあった
黒髪と鮮やかな赤い目をしている


「……人魚って、なんかこう……ブロンドとかブラウンとか……明るめの色彩をしたイメージがあるんですけど」
「私が見たのは、黒真珠みたいな髪と綺麗な赤い目の人魚でしたね」
 そして、タオの目の前にいる女性は「彼女」と瓜二つである。
「他の人って見てないんですか、その人魚」
「おじやパオにも聞いたんですが、見たことがないらしいです。噂になればすぐ分かりますから、町の人達に聞いても分からないかもしれません」
 すると目の前の人は分かりやすく「それ夢か幻覚では?」と言いたげな、うんざりとした表情を浮かべた。タオもついこの間まではそう思って、二度と会えないものだと整理を付けていたのだ。それが、どうだ。全く瓜二つな人が自分のところに来た。会ったこともないのに全く同じ特徴を想像出来るわけが無い。だから、あの美しい人魚はタオの夢ではない現実だったのだ。
「……だから人魚を描くなら鏡を見た方がいいって言ったのか…」
「すみません、お代も考えずに描いて欲しいだなんて」
「構いませんよ、自分ではどうにも思いつかなかったから。お代は完成したら考えます」

 この穏やかで陽気な町に、彼女が戸惑っているのは何となく分かっていた。多分彼女は人見知りで1人でいるのが落ち着くのだろう。どちらかというと森のコテージが似合いそうな、静謐な雰囲気を纏った彼女は町のあちこちを歩いて、どこでも誰かに話しかけられて、ちょっと疲れたように結局海辺にやってくる。
 タオは人魚と彼女がそっくりであるからか、どうにもずっと気になる。気になるけれど、明らかに人に対して疲れた様子の彼女へ追い打ちをかけるような真似は憚られた。
 そうして生まれる会話のない空間を彼女が気に入ってくれているなら、それでいいのだろう。


 白髪と瞼の隙間から僅かに見える鮮やかな緑。
 サラが知る限り、あんなに珍しくて綺麗な色彩の人間は初めてだった。
「へぇ!人嫌いの先生が人を褒めるなんて、余っ程綺麗な人なんですね」
 ひょろっこい画商にそんなことを零したのを全力で後悔しつつも、商売相手としては無下にはしない。布で保護していた幾つかを用意し、さっさと帰らせる為に渡してやる。
「ほら、休暇中なのにせっせと描いたものです。一等いい値段にしてくださいよ」
「ああ、流石です先生。天邪鬼ですから、描かない描かないって言ってても案外普通に描くんですよね」
「そうですね、天邪鬼ですから気が変わってしまっても仕方ないですよね」
「嘘ですすみません、売りますから」

「こんにちは、サラさん。さっきの方はお客さんですか?」
「あぁ、こんにちは。あの人は商売人なのでお友達っていう意味のお客さんではなかったですね」






















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