平和に行きましょう。

異能バトルっぽいやつ


異能バトルっぽいやつのプロローグもどき

 男がその死体を見つけたのは茹だるような空気が幾分かマシになる夏の明け方、耳に差したイヤホンからノイズ混じりの音楽を聞きながらコンビニから買い物した帰りの時のことだ。
 首が捻れて何だかおかしな方向に引きつれた皮膚と内側から突き出た骨。大の字に打ち捨てられたような手足も似たような感じで、ああとても分かりやすい飛び降り死体だなぁと、頭に浮かんだのはそんな間の抜けた感想だった。立ったまましばらく見下ろした後、すぐ近くの血溜まりの中に手摺らしき残骸があることに気が付いて上の雑居ビルを見上げれば、答え合わせとばかりに途中で壊れた手摺のある屋上が見えた。
「老朽化かねぇ。運のないことで」
 薄情にそうぼやいて、しかしそれから、
「可哀想になぁ。まだ若い身空で…ひでぇなぁ」
 と、1秒前の自分を完全に棚に上げてそんなふうに呟いた。仏心も偽善のつもりもなく、ただ自然とそんな言葉が口から滑り出たことに男は自分自身で驚いた。
 セミの大合唱が始まる前のささやかなコーラスを聞きながら、改めて死体を見下ろす。
 若干不自然なくらいぐちゃぐちゃに全身の骨が折れきった無惨な亡骸だ。血濡れた服はどこかの学校の制服らしく、そこで初めて死体がスカートを履いた少女であることに気が付いた。死体愛好の気など微塵もないので吐き気しか催さないが、うっかりスカートがめくれ上がって中身の下着が見えてしまっている辺りで若干の申し訳なさを感じた。潰れて見れたものでない全身の中で辛うじてまともな左半分の顔を覗いてみると、制服に見合ってまだまだ幼ささえ残る若い少女だった。
 こんな夜明けにこんな場所でひとり寂しく死ぬなんて、これからまだあっただろう長い人生をふいにしたものだ。おおかた誰かに唆されたかネットで変な影響でも受けたんだろうなぁ──そう思いながら、音楽を垂れ流していた携帯を切り替えて警察に通報してやろうと「110」の「1」をタップした時、

ぺきょ、

 微かな、しかし確かに聴覚に引っかかった異音に男は指を止めた。
 恐る恐る、スマホからすぐ下にある死体へ視線だけ戻す。
 潰れて眼球が半ば飛び出た右半分の顔面を地面に押し付けたまま、死体の上半身が僅かに動いた。
「……は?」
 ポカンと口を開けて死体の少女を見つめたまま、男は思わずスマホを手から取りこぼした。小さな破壊音が響いて、それを皮切りにしたかのようにまた死体が動いた。
 ぺきょ、ぱきん。軽くて悍ましい音が耳に届く。大の字に打ちのめされていた手足が正しい位置に戻る音、捻れて取れかけていた首が骨を戻し肉を繋ぐ音が不気味で悪趣味な合唱を奏でた。終いにはしゅるしゅると組織が糸めいて動き、潰れていた右半分の顔が眼球を元の眼窩に収め綺麗に戻っていった。
 ものの数分もしない内に、男の足元には「何事もなかった」様子の少女が右半分の綺麗な顔を地面に押し付けたまま、すやすやと眠っていた──落ちて潰れた手摺の一部と地面にぶちまけた血とめくれ上がったスカートはそのままに。
「うんんんむ…………。……んむ?」
 間抜けな呻き声を上げながら寝起きさながらの半眼でのっそりと起き上がった少女を見て、男は人生で初めて恐怖で腰を抜かすという体験を果たした。

 これが後にそこそこ長く付き合う羽目になる、死なずの女と男の初邂逅となる。

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