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『はぁ…っ、はぁ…!』
人がまばらな廊下を、ただひたすらに走る。
それを見た先生が「こら、」と軽い注意をするけれど、私はそれを置き去りにしてただひたすらに走っていた。
(電気……電気…ッ!)
電気に会いたい。
全部誤解だったんだ、って。全部全部違かったんだって。
そう言って、あのアホな金髪に飛びついて、思いっきり抱きしめてやりたい。
(あ〜〜〜もうっ!!)
あの日見た、寂しそうで置いてけぼりにされた子供のような顔をした電気の顔を思い出して。
自分の嘘がどれだけ彼を傷つけてしまったか。
恋人に好きな人が出来た、と知った苦しさや悲しさがどんなものか。
そんなの…身をもって知っていたはずなのに。
『私の…馬鹿野郎…ッ!!!』
私の独り言は誰の耳にも入らず小さく廊下に響いただけだった。
***
『ーーー電気っ!』
「名前…?」
教室の扉をバンッと音を立てながら開けば、幾対もの目が私を見る。
もうすぐ授業が始まるからか、みんな席についていて。
私の剣幕を見てびっくりしているようだった。
そんななかでも、名前を呼ばれた電気は目を白黒とさせながらこちらを見ている。
私が話しかけてきたこと自体に驚いているのだろう。
呆けた顔をしながら私を見つめるその顔を見て、私は胸が痛んだ。
「ど、どした…?もうすぐ授業始ま…」
『話があるの。』
自分でもびっくりするほど、凛とした声が出た。
その声はしんと静まり返った教室に響いて、周りの空気を固くさせる。
周りも、冷戦を決め込んでいた私たちが動いたのがそんなに興味深いのか、固唾を呑みながらそれを見ていた。
『とにかく…来て!』
「ちょッ…!」
私はなりふり構わず電気の手を握る。
私は予鈴のチャイムが鳴るのを気にせず私より一回り大きな手を引いて、廊下へと走った。
「な、なんか知らねーけど頑張れ!!」
「頑張って、名前ちゃん」
切島くんと梅雨ちゃんのそんな声が後ろから聞こえた気がした。
***
『はぁッ…は、…はァ…』
「はっ…、はぁ…あー…」
軽く息を切らす私たち。到着点は中庭だった。
中庭に来るまでに本鈴が鳴ったのがうっすらと聞こえてきたから、これは完全なサボリだ。
暫く膝に手をつき息を整えていたら電気が、「おい…サボりだぞ俺ら…」と若干焦ったような声を出した。
『うん、相澤先生にはあとで絶対怒られちゃうと思う。』
それでも…それでも、いち早く電気の誤解を解きたくて。
私は目線を逸らしながら文句を垂れる電気の前に対峙した。
『電気…』
けど、いざとなったらなんて言ったらいいか分かんなくて。
私はその場で口ごもってしまった。
(どうしよう…C組の子の噂な事から話したほうがいいよね…)
けれど、あの子が噂を流した張本人だって事、言わないほうがいい気がする…。
(ただ、なんとなくだけど…。)
私はあの子の笑った顔を思い出しながら下を俯いた。
「あー…つかさ、いま俺ら別れてるんじゃ…」
『あ』
そうだった。話しかけにくい以前にそういう問題もあったんだった。
どうして忘れてたんだろう、なんて思いながら私は渋い顔をする電気に「あのね、」と言葉を切った。
『全部…違うの。』
「違う?」
『うん』
私に好きな人がいるっていう事も、電気があの子に告白したってことも。
…全部全部、誤解。
「それに私、まだ電気の事好きだし…ーーーって、電気?」
そう言えば電気は一瞬ぽかんとした顔をして。ゆるゆると頬を緩ませ徐々に顔を赤くさせた。
えっなにその反応…。
『電気?どうかし…』
「初めて言われた…。」
『は?』
「お前から…初めて"好き"って言われた…。」
口をパクパクとさせながら、顔を真っ赤にしてそんなことを言う電気に、思わず私はぱちぱちと目を瞬かせる。
え、そうだったっけ…。
『そうだっけ…』
「そうだよ!お前一度も言わねーんだもん」
さも私が悪い、と言わんばかりの形相と指し指に思わず戸惑う私。
私はどこかの誰かさんと違ってそんなにすぐに好きー、とか格好いいーとか言ったりしないだけです!
『ーーーっていうか!電気が他の子の事可愛いとかきれいとか言いすぎなんだよ!』
「あれはちっげーよ!お前が俺のことなんとも言わねーから…っ」
『えっ…』
なにそれ…。
もしかして、私の気を引こうとしてわざと言ってたのかな…
(電気の事不安にさせていたの…?)
『なんだ……ごめん、』
「いや、なんつーか…悪い、だせーよな、俺…」
『ううん、そんなことない!』
"電気がそれだけ私のことを想ってくれていたって事でいいんだよね…?"
おずおずと、そんな恥ずかしい事を聞いてみれば。電気は肯定とも否定とも取れない「あー…」と返した。
『もう!そこはちゃんと返し…!?』
不意に手を引かれ、電気の身体にとんと吸い込まれてしまった。
私は突然のことに言葉を失う。
「いや、ごめんなんつーか…上目遣いのお前がかわいかったっつーか、不安げな顔が結構イイっつーか…ごめん、抱きしめたくなった。」
ぎゅぅ、と電気の身体に収められ、何も言えなくなる。
密着した二人の身体。私の耳は電気の胸板に張り付いていて。
私を抱きしめてくれる電気の鼓動だけがやけに耳に重く響いた。
『好きだよ電気…ずっと好き…』
「俺も…」
私より広い背中にそっと腕を絡めれば、より密着する私たち。
とくとくと逸る心臓の鼓動に身を任せ、そっと目を閉じれば電気はキスを落としてくれた。
*** fin ***
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